食随筆家

20120119

昨年末週刊文春から、「この一年、忘れられない一皿」という特集記事についての依頼があった。昨年オープンした店とそれも含めたトータルとで、それぞれ3軒程度ずつ、飲食店と一皿を挙げてほしいとのこと。計6軒を送った。幸いにも、海外の一軒を除いて全て掲載をいただいたが、その際編集部の方から、「伊藤さんの肩書きはどのようにしましょうか」との問い合わせがあった。ご丁寧に、食ライター、フードジャーナリストなど・・・と、例もあげてくださった。

ぼくの肩書きは、基本的にはイベントプロデューサーである。が、名前は伊藤章良じゃないし、食のイベントを手掛けているわけではないので、何の説得力も持たず、この特集上では意味不明。

いっぽう、一般的に理解されているかどうかは分からなものの、出版の世界では、ライターという職業は、その役割や業界内での立ち位置が確立されていて、別の本業を持ちながら自分自身をライターと名乗るのは、ライターを生業とされている方に失礼だと考えている。また、何度かライターとしての仕事を頼まれ、断りきれずに引き受けたけど、編集長と悉く意見が合わず(声をかけてくださった編集者にも申し訳なく)、こと食に関しては、自分が他人の意向に合わせて文章を作ることに不向きだというのがよく分かった。
しかもライターという表現は、和製英語ゆえ外国人に理解してもらいにくいことも気がかりだ。

ではジャーナリストか、というと、ほとんど取材をせず思ったことを勝手に文章にしているだけなので、恥ずかしくてジャーナリストとは名乗れない。と、このように書くと語弊があるけど、ぼくは単なる食べ手としての立場でレストランや食全体を眺めての想いを書きたい一方通行者。(もちろん分かってしまう場合も多いが)キッチンの舞台裏やバックでの人間相関図などにはあまり興味がないのだ。

さて、困ったなあ・・・。
そこで、文章を書く立場の方の肩書きを調べてみた。文筆業とか記述家とか様々に見つかったが、いずれもピンと来ず、やはり随筆家かなあ、と思うに至った。ただ、やみくもに随筆が書けるわけでも、バックボーンも浅いので、より具体的に(というかフィールドを明確にするべく)食という言葉を頭につけて「食随筆家」としてみた。いまさらカタカナ職業をカッコイイと思う年齢ではなく、漢字の重みに少しだけ安堵した。

あまり深く考える時間も余裕もなく送ってしまったが、フードジャーナリストみたいな長いタイトルではなかったゆえか、限られた文字数のスペースには最適だったのか、たくさん推薦店を掲載していただくことができた。

ちなみに、他で食随筆家を名乗っている方がおられるかなと検索すると、浪速割烹「喜川」の創始者であり、現在はご子息に代を譲られている上野修三氏のみヒットした。

直接お話をさせていただいたことは未だないけど、大阪にスピリットを置く自分にとって和食の心の師匠であり、最も尊敬する料理人の一人でもある上野修三氏の胸を借りようと密かに誓った。

ということで、2012年より、食随筆家 伊藤章良をよろしくお願いします。

年始のご挨拶

20111227

「人の心が、年の初めに届く国」
日本郵便が打ち出した、来年の年賀状のキャッチフレーズ。
郵政民営化で一番変わったのはCMじゃないかと言い切れるぐらいにステキなフレーズ。


そう、2012年の年賀状に「おめでとう」という言葉が果たしてふさわしいのかどうか。ぼく自身もずっと迷っていた。
多くの国民がそうであろう状況に、キチンと企業として答を出している。

さて、ぼくも色々と考えたり迷ったりした末、2012年の年賀状にはサラッと英文のみを入れることに決めた。

Enter the Dragon

コレである。
「ドラゴン登場!」とでも訳そうか。
龍はみんなの心の中にいる。と、ブータン国王は名言を残したし、年が変わってそんなスゴいドラゴンが登場したらいいなあ、とか、かなり伝わりにくいけど、そんな想いなんです。

そして、この「Enter the Dragon」には、お気づきの方も多いかと思うが別の意味(というか仕掛け)がある。男の子なら誰もが主人公のマネをした、有名な映画のタイトルなのだ。ただ邦題は別に付けられているので、もしかしたらピンと来ないかもしれない。ぼくは邦題よりも英文のママの方がずっとカッコいいし(というか、この映画がイマ封切られていたら、間違いなく原文のママだったろう)この映画の本質をついていると思う。

ところで、スペルチェックや意味の確認も兼ね、「Enter the Dragon」をウェブ上で翻訳をしてくれるページ「excite翻訳」に放り込んでみたところ、
なんと驚いたことに、「燃えよドラゴン」と映画の邦題が出た。

excite翻訳ってスゴイなあと感心しつつ、おや、もしかするとEnterに燃えるとかそんな意味があるのかなと、ドキツとして、dragonをdogに変えてもう一度訳してみた。すると、和訳されてきたのが、

犬を入力します。


だった。

若い看護師さん

20111105

先日、大学病院で目の検診をした。
検診は、スタジオのような重い扉の部屋に入り、真っ暗な中で光の動きを見たり、光っているものを判断したり、といった簡単なものだが、目を暗闇に慣らすまで時間がかかるので、トータルで2時間を超えた。

若い看護師さんとたった2人でそんな部屋に入って2時間を過ごすわけで、オトコとしては多少ドキドキしてもよいはずなんだけど、そんな年齢でもないし、どちらかというと睡魔との戦いがつらかった。というか、光が見えたときに看護師さんに教えなければならない検査なので、ちょっとでも居眠りをしてしまうと正確なデータにならないような気がして焦るのだ。

そんなわけで万全の態勢で検査に望めばよかったんだけど、前日しこたま飲んでしまった。というのが、たまたま恵比寿を歩いていて新規オープンの店情報を知り、その焼鳥屋「村尾」では、レアな芋焼酎「村尾」が、オープン記念につき一杯300円で飲めるというのだ(店主が村尾の醸造元と関係があるらしい)。

どうせ300円だからちょこっとだろうと思ったら、グラスにナミナミと注がれるものだからさらに粋に感じ(というか迷惑な客かもしれんが)てしまい、翌日が検査なことも忘れて大量摂取した。

さすが良質の酒ゆえ目覚めはシャキッとしたものの、5時半に覚醒して以降まったく眠れない。こんな状態だと、間違いなく午後から眠くなるはず。

真っ暗な検査室の中、若い看護師さんのかわいらしい声や衣擦れの音さえも子守唄となり瞼が重い。ハッと気づくとすでに光っていたりしてヤバイヤバイと気が気ではない。にもかかわらず、少し時間が置かれるとまたまた眠くなる。

ということで、目を暗闇に慣れさせている間、雑談をして眠気を覚まそうと思い立った。
なんといってもぼくの得意分野はメシである。メシがテーマなら二十歳前後の若い女性の求める情報も提供可能だ。

最近は神楽坂を散策していると彼女が言うので、女性の喜びそうな「亀井堂」のクリームパンの話でもしようかと思ったが、そうそう、神楽坂と言えば、まずは午前と午後で方向が変わる神楽坂の一方通行ネタから始めた方がおもろいなあと思った。

そのためには、田中角栄の妾宅のことから切り出さなければならない。さて、二十歳前後の女性が田中角栄を知っているのかどうか。ちょっと不安になった。そこで、

「田中角栄、ってご存知ですか?」と尋ねた。

すると彼女は、
「えっ、ハイ、知ってますよ。歴史上の人物ですよね」

彼女にしてみたら、すでに田中角栄は豊臣秀吉と同じなわけか・・・。

撮影許可?

20111028

グルメブログ等で、時折「撮影許可済」みたいなニュアンスの言葉を目にすることがある。

これは、自分が撮影した写真をウェブ上に掲載することに関し、店側の了解はキチンと取りました、とのアピールだと思うけど、その言葉、実はぼくには多少違和感がある。

「撮影許可済」とは、店側からのお許しであって、もちろんレストランで食事をする他の客の認可ではない。それを喫煙を例にして置き換えてみると、タバコを吸って他のテーブルの客から嫌な顔をされた際、「この店のどこにも禁煙って書いてないだろ!」と開き直っている状況と同じに見えないだろうか。

おそらく「撮影許可済」と書いている人の心理には、自分は店側に撮影の許可をとれば大丈夫であり、その行為がマナー違反であることに対する自覚があまりないのでは、という気がする。

イマの時代、レストランでは、タバコを吸うことも撮影をすることも同じくマナー違反である。ただぼくは、それをマナーに反するからやめるべきと訴えるつもりは毛頭ない。自分でも気づかないところで様々なマナー違反をしていることは少なからずあると思うし、客のひとりとして、他人の行為をとがめるだけの資格も余裕も持ち得るとは考えにくい。

ただ、マナー違反とは知りつつも、個人個人にはそれを上回る欲求(タバコを吸いたいとか写真を撮りたいとかウェブに載せたいとか)があり、周りの皆さんには申し訳ありませんが、どうかお許しくださいとの気持ちは必要だ。

ゆえ、「撮影許可済」と書いて写真を載せる行為には、上記の周りの客に申し訳ないとの気遣いがあまり感じられないのである。

隣りのテーブルから「タバコを吸ってもいいですか」と聞かれることは、最近とても多くなった。それは上記のような、タバコがマナー違反だという自覚が愛煙家の中に芽生えているからかと拝察する。

ただ、未だかつて、レストラン内にカメラを持ち込んでいいですか、とか、写真を撮ってもいいですか、と他テーブルの客から聞かれたことはない。

スイスで買った時計

20111014

5年以上も前になるが、年に4回ジュネーブに行くという過酷な仕事があった。

クライアント側が、むちゃくちゃな会場の予約を勝手にしているのに、運営を全てこちら側に押し付けてくるという矛盾の連続(例えば、キャパが300名のスペースしか予約していないにもかかわらず、そこで400名のパーティをしたい、とかね)。毎日毎日声がかれるほど会場との交渉に明け暮れ、白人の文句もイヤというほど聞いた。

自分では天地がひっくり返るほどのムリをクリアしたと自負するも、後味の悪い終わり方で仕事が次につながることもなかった。よかったのはマイルが貯まったことぐらいか。

その仕事が終わった時、せめてもの自分へのご褒美と思ってジュネーブで腕時計を買った(といっても、パテックフィリップとか、そんな高額なものは買う勇気もなく、単なるクオーツです)。

黒い文字盤のシンプルなスイスらしい時計は、その後ずっとお気に入りで、時計バンドも三回も交換するほどぼくの腕にフィットしていたが、先日その時計の針が突然動かなくなった。

電池交換をしたばかりだというのに、もぅ電池がなくなったのかとヨドバシカメラの交換コーナーに出すと、電池の摩耗ではなく故障している、という。

えっ。そうか、もうあのイベントからそんなに月日がたったのか。
前回の電池交換の際に時計バンドも替えたので、未だ真新しく見えるその時計が12時を少し過ぎたところで止まっている。

もう寿命とあきらめるか、それとも修理して新たな息吹きを投入するか。判断がつかず机の引き出しに入れっぱなしとなっていたものの、苦労した思い出の品だし修理の見積りだけでもしてみるか。と、たまたま仕事場の近所に見つけた時計修理の看板を目指した。

その際、もし修理代が5000円以下なら修理する。それ以上なら諦める。と心に決めた。

いかにも時計修理が一生の仕事と言った風情の初老の男性が、いろいろとその時計を見つつ裏へと引っ込み、しばらくして出てきて一言、「修理代は5000円ですね」。

ぼくは思わず「ええっ」と、少し大きな声を出したら、オジサンはすまなそうな顔をしてぼくを見る。修理代が高いので声を上げたのではなく自分が5000円を基準に決めて店に入ったのに、その金額をそのままズバッと言われたことに驚いたのである。

そして、5000円を基準にしたことに、じわじわと後悔の念が湧きあがる。
なにゆえ5000円なのか。もしかすると、自分の風体から5000円までなら修理に出すよと見透かされたのか。それとも、マーケテイング的にも、5000円を修理代の上限としてマニュアル化されてるんじゃないか等々、さまざまに疑念も浮かび上がる。

でも、どう考えても修理一筋のオトウサンにそこまでの知恵が回るとも思えず、この街でずっと昔から営んでいるような時計屋さんにまで、そんなマニュアルが出回るとも考えにくい。

そして最終的には、素直に「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。

ただ、今でも当初のハードルを4000円に設定していたら、4000円への値切り交渉の末1000円得したのだろうか、とかうつらうつらと考える。
プロフィール

伊藤章良

Author:伊藤章良
90年代から雑誌等にボツボツと原稿を書き始め、2000年に入って情報サイトAllAboutで「大人の食べ歩き」ガイドを3年ほど担当。
本職はイベントプロデューサーです。

この「食べ歩き男の憂鬱」は、あるデザイン会社のウェブサイトにて4年ほど月一で書いてきましたが、サイトの寄稿スペースが休止となったのをきっかけに、自分自分のブログとして再スタートすることにしました。

なお、過去4年間の「食べ歩き男の憂鬱」はこちらから
2009年度版では、私とオールアバウトとの裁判顛末記を書いています。

コメント等は下記まで。
eatoutito@hotmail.co.jp

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