今日は世界禁煙デー

今日、5月31日は世界禁煙デーだそうだ。
禁煙後進国の日本は、そんな日をどう受けてめているのだろうか。
日本に禁煙が進まないのは為政者のせいだとよく言われる。

ぼくは、喫煙に否定的ではない。タバコという嗜好品にどう向き合おうと、それは個人の自由だし、美味しいと思う人もいて、リラックスや気分転換にも欠かせないとする愛煙家も受け入れる。
ただ、飲食店を禁煙にしてほしいのと、喫煙者を特別扱いにしてほしくないだけだ。

飲食店を禁煙にするのは当然である。禁煙にすると客が来なくなると反対する経営者の古すぎる考え方にはいら立ちさえ覚える。煙たいから行かない、入らないとする客がいかに多いかも考えないのだろうか。かくいうぼくも、食後にバーやスナックへはすっかりいかなくなってしまったが、その最大の理由は煙いからだ。煙が全くない場所で食事をして、その後モクモクの空間に行きたいか?

G7などと先進国の仲間にも日本は入れてもらっているが、その中で飲食店でもタバコが吸える国は日本だけである。
まあ、先進国の喫煙者は、日本は天国だと言ってたけどね。

それにもまして疑問に思うのは、喫煙者への特別扱いである。酒を飲めばテーブルチャージみたいなものを普通に取るのに、タバコを吸って灰皿チャージを取る店は皆無。灰皿の管理、吸い殻の始末、煙による空調の清掃などもすべて、吸わない人も支払っている。
もっとも典型的な例は、新幹線の中にある喫煙ルーム。この部屋に入るのがタダだと最近知ってがく然とした。ずっと有料だと勝手に思っていた。車両に喫煙ルームを作るのにはいくらの費用がかかるのだろうか。それをタバコを吸わない乗客へも按分して運賃として払わされていることに疑問を呈しないのか。

ちなみにJR東日本の新幹線には喫煙ルームがないのに東海にはあるのは、明石家さんまが新幹線に喫煙ルームがないなら、もう大阪では仕事はしないと言ったから、という説がまことしやかに流れている。
結局、明石家さんまのギャラが高騰して、在版の局では扱えなくなってしまったが・・・。

完全ワイヤレスデビュー

なにかこう、かなり便利なもの(特に電化製品など)に出会うと、なぜもう少し早く使わなかったのか激しく後悔し、今までの遅れを取り戻すように使い倒し、そして人にも勧めまくる。
一つの代表例としては、少し古い話だが電動歯ブラシがある。
今まで手で磨いていたことがバカバカしくなる。美人の歯科衛生士さんに(マスクをしているので正直のところよく分からないけど)、上手に磨けてますよと褒められる。自宅、実家、旅行用と三台をすでに完備。
ツマも、使い出したら止まらない。旅行の際には、私の分も持ってくれた?と必ず聞く。母も最初は、私らあんなんあかんわと毛嫌いしていたものの、最近ではぼくのプレゼントした携帯用の電動歯ブラシを、自宅内でも外にでも、ずっと持ち歩いている。
もうここ何年も手で磨いたことがない。つか、手で磨くよりおそらく何千倍という猛スピードで動いているわけだから、数値としても能力の差は歴然。まだ使用していない方は、早速量販店に走るべし。

そして、つい先日より、完全ワイヤレスデビューした。iphone付属のイヤホンをapple製のAirPodsに代えたのだ。
独立したイヤホン部分をそれぞれ左右の耳に差し込むだけで、ケーブル類は一切なし。
これはすごいぞ。

まず、もっと装着感がぎこちない、というか首を振ったり下を向いたらイヤホンは外れるのではないかと心配したが、すべて杞憂に終わる。時間が経つにつれ多少は緩くなるのでそれを時々補正するものの、激しく動いても脱落することはない。これはランニング等エクササイズに使われることを前提とした設計だろう。
さらに、付けたままで食事やトイレができる。
味気ない一人飯のときほど店のBGMを残念に思うことが多い。センスのない、もしくは店のスタッフだけが楽しんでるような音楽を遮断して自分の好みに持ち込め、集中力も高まる。
緊急にトイレの個室に駆け込んだとしても、全く気にせず用を足せる。
なにより、ぼくが最近心がけて実践しているウォーキングのお供にも最適。動きを邪魔することなく単調な運動や景色に飽きることなく、楽しい音の世界が繰り広げられる。

特にAmazonが提供するAudibleの導入が新たな世界を開いた。
読書を聴くというキャッチで展開するAudibleは、いわゆる本の朗読を売る。
ただ本の朗読については、ベストセラーはほとんどまだコンテンツとして存在せず、例えば夏目漱石のような近代文学はそこそこ揃っているものの、朗読で理解するには難解な文章。今なお課題である。
一方、コンテンツとして申し分ないのは、リスニング用の英語関連と落語。特に落語は、小さんや立川談志、桂歌丸らの名演が数多く揃い、昨今若手のものについてもどんどん増えている。これが月々1500円で聴き放題というのはありがたい。

ワイヤレスの感度はというと、満員電車の中では時折りブツブツ切れることがある。近くに同じようにBluetoothを使っている人がいる場合に起こるようだ。ま、満員電車にほとんど乗らないので(笑、よしとしよう。

正義とは何か

東京オリンピックのごたごたから始まって、相撲、レスリング、ボクシング、アメフトと、およそ涙と汗のスポーツの世界にふさわしくない出来事がたて続けに起こっている。組織の矛盾、閉塞感、絶対制等々、オドロな世界を庶民は連日見せつけられ、夢と希望をなくしている。

ぼく個人は全く興味がないけど、スポーツ観戦は、安価で万人が平等にストレス解消できる娯楽。その娯楽の根幹が踏みにじられ続けた。そこに見え隠れするのは、正義とは何かという金科玉条で、ヒトはその正義を振りかざすこと(振りかざすのを見ること)で、留飲を下げている。つまり、スポーツにおける試合というルールにのっとったうえで雌雄を決めるのではなく、どちらかを正義にして相手を悪者にすることで、悦に入ってるようにも見える。

その最たる具現が、記者の質問だ。
記者の質問は、自分が正義の立ち位置で、自分が正義を振りかざしている状況に酔っている。
ヘタだなあ・・・とつくづく思う。もう少し違う質問の仕方、ズルくいえば、相手から自分が欲しい答えを引き出す誘導ができないのか。司会のじいさんが、同じ質問ばかりするな、という気持ちも、ある意味わからないではない。

メディアをバックに持っているだけで自分が正義だと勘違いし、正義を振りかざせば勝てると信じているのだろうが、質問は、それでは成り立たない。Aと聞いて本音が引き出せなければBの問いを持ち出す。それでも話につかみどころがなければ、Cを使って相手を追い詰める。そんな工夫がなければ結局は単なる押し問答で、翌日の新聞見出しは各社一様に同じ文字が並ぶのだろう。

ぼくは、テレビのレギュラーで60人以上の食堂経営者から話を聞き、その後もラジオやウェブ連載で話を聞き続けている。その経験から言えることは、取材を引き受ける以上、その人は話したいことがあるのが前提だ。ただ、話をするプロではないのと、カメラ等が向けられているので、理路整然と持論を展開するのは至難の業である。質問する側は、気持ちをほぐしそこをフォローし答えを手助けするのが仕事なのだ。
正義を振りかざすのが役割ではない。というか、記者が正義を振りかざせば、悪者にされたくない相手は、頑なに押し黙るしかない。

GWの東北

毎年、GWは東北を訪問している。
といっても、震災以降の話ではあるが。

7年前、東北の太平洋側全域に大きな震災があり、自分に何ができるかを誰もが考えた。
すでにボランティアをするほどの体力はなく、寄付してもたかがしれているし、どこに使われているのかも分からない。ならば自分の本分でもある食べることを自然体でやろうと思った。
助け合いとの名のもと結局は大変な苦労をしょいこんでいる畏友もおり、ごくごくシンプルながら続けられることが、やはり基本だ。

現地に行って、現地の方々と話す。もちろん毎年うまいものを食べに来ているんですと単純に言い続ける。
震災後すぐは、そんな人たちも大勢いたに違いないし、それから何年も続いていたとも思う。
毎年来てるんですよと言うと東北の皆さんから感謝の言葉をいただくが、そのお気持ちは、彼ら彼女らが下げる頭の角度が年々深くなっているような気がして、逆に今年も来てよかったと安堵する。

現地は少しずつではあるが、更地だった場所の上に、新しい家、新しい商業施設が出来上がっている。みんなピカピカで人間味がなく、CGの中を車で走っているような感覚に陥る。何か、街として今も将来もワクワクするような、総合的な景観づくりが図れなかったのか。特に、コンビニ、薬局、携帯キャリアなどのショップは無機質極まりなく、それこそ低予算映画のセットのようだ。ここで買い物をしたいという気持ちには、ならないなあ・・・。

いっぽう、女川や南三陸や陸前高田の海岸沿いは、数年前とは盛り土の高さが変わっただけ。というか、海っぺりで育った人たちの多くは丘に居を移し、すでに海岸沿いは暮らす場所ではなくなったというのか。それぞれの自治体の思惑の結果が、このボウハテイ、なのだろうか。
さらに毎年当時のままなのは、大川小学校跡。裁判係争中で触れられない部分もあるとは思うが。

石巻や気仙沼のような少し大きな町は、海岸沿いに真新しい倉庫や水産加工場ばかりが立ち並び、道路だけがやたらとキレイに整備されている。こちらは、設計事務所がプレゼン用に造る建築模型のようだ。そこには「営み」や『息吹き」は見つからない。

毎年のことだけど、東北の海岸を北上すると、それなりに普段とは違う疲労感に気づく。
それもあってか、復路は山形県との県境辺りまで入って山側を下り、温泉地に逗留するのが楽しみ。
今年は「肘折温泉」へ。肘折とは、言葉のごとく肘を折った人がここの温泉につかって治ったという言い伝えからきたらしい。まさに湯治場だ。
例年に比して、相当暖かかった2018年ですら、まだ雪が残り通行止めの道もある奥地。
いやー、いいとこでした。

Classic Rock Journey

あっという間に一か月が経ち、ページに広告が出てしまった。
毎年のことだが4月の前半は忙しく、後半はその忙しさの終了にかまけ惚けてしまうので、こんな調子である。

ということで告知です。
実は、2018年4月1日から、こしがやエフエムというコミュニティFM局で、Classic Rock Journey という音楽番組をやってます。日曜よる八時スタートです。

こちらは番組のフェイスブックページ。
https://www.facebook.com/Classic-Rock-Journey-195656551206085/

カナダトロント出身で、日本でギタリストやDJをやっている友人トーマスと、2人での隔週レギュラー放送です。

当然越谷を中心とした一部地域の方しか聴けないけど、スマホで聴いていただく方法があります。
またフェイスブックページには、放送終了後の収録内容をデータでアップしますので、そちらもチェックしてみてください。

実はずっとラジオの番組をやりたくて、食についての番組提案も過去にしたことがあったのだけど、食べることってやはりビジュアルがないとしんどいんです。なのでここは音楽で、しかも大好きなクラシックロック(1960年代後半から80年代まで)を題材として取り上げることができてラッキーです。
内容は、ぼくが英語ネイティブでプロのギタリストでもあるトーマスに、ガンガン専門的な質問をして、カレが答えるという流れ。といっても、トーマスの答えもぼくが用意していたりします(笑。