正義とは何か

東京オリンピックのごたごたから始まって、相撲、レスリング、ボクシング、アメフトと、およそ涙と汗のスポーツの世界にふさわしくない出来事がたて続けに起こっている。組織の矛盾、閉塞感、絶対制等々、オドロな世界を庶民は連日見せつけられ、夢と希望をなくしている。

ぼく個人は全く興味がないけど、スポーツ観戦は、安価で万人が平等にストレス解消できる娯楽。その娯楽の根幹が踏みにじられ続けた。そこに見え隠れするのは、正義とは何かという金科玉条で、ヒトはその正義を振りかざすこと(振りかざすのを見ること)で、留飲を下げている。つまり、スポーツにおける試合というルールにのっとったうえで雌雄を決めるのではなく、どちらかを正義にして相手を悪者にすることで、悦に入ってるようにも見える。

その最たる具現が、記者の質問だ。
記者の質問は、自分が正義の立ち位置で、自分が正義を振りかざしている状況に酔っている。
ヘタだなあ・・・とつくづく思う。もう少し違う質問の仕方、ズルくいえば、相手から自分が欲しい答え引き出す誘導ができないのか。司会のじいさんが、同じ質問ばかりするな、という気持ちも、ある意味わからないではない。

メディアをバックに持っているだけで自分が正義だと勘違いし、正義を振りかざせば勝てると信じているのだろうが、質問は、それでは成り立たない。Aと聞いて本音が引き出せなければBの問いを持ち出す。それでも話につかみどころがなければ、Cを使って相手を追い詰める。そんな工夫がなければ結局は単なる押し問答で、翌日の新聞見出しは各社一様に同じ文字が並ぶのだろう。

ぼくは、テレビのレギュラーで60人以上の食堂経営者から話を聞き、その後もラジオやウェブ連載で話を聞き続けている。その経験から言えることは、取材を引き受ける以上、その人は話したいことがあるのが前提だ。ただ、話をするプロではないのと、カメラ等が向けられているので、理路整然と持論を展開するのは至難の業である。質問する側は、気持ちをほぐしそこをフォローし答えを手助けするのが仕事なのだ。
正義を振りかざすのが役割ではない。というか、記者が正義を振りかざせば、悪者にされたくない相手は、頑なに押し黙るしかない。

GWの東北

毎年、GWは東北を訪問している。
といっても、震災以降の話ではあるが。

7年前、東北の太平洋側全域に大きな震災があり、自分に何ができるかを誰もが考えた。
すでにボランティアをするほどの体力はなく、寄付してもたかがしれているし、どこに使われているのかも分からない。ならば自分の本分でもある食べることを自然体でやろうと思った。
助け合いとの名のもと結局は大変な苦労をしょいこんでいる畏友もおり、ごくごくシンプルながら続けられることが、やはり基本だ。

現地に行って、現地の方々と話す。もちろん毎年うまいものを食べに来ているんですと単純に言い続ける。
震災後すぐは、そんな人たちも大勢いたに違いないし、それから何年も続いていたとも思う。
毎年来てるんですよと言うと東北の皆さんから感謝の言葉をいただくが、そのお気持ちは、彼ら彼女らが下げる頭の角度が年々深くなっているような気がして、逆に今年も来てよかったと安堵する。

現地は少しずつではあるが、更地だった場所の上に、新しい家、新しい商業施設が出来上がっている。みんなピカピカで人間味がなく、CGの中を車で走っているような感覚に陥る。何か、街として今も将来もワクワクするような、総合的な景観づくりが図れなかったのか。特に、コンビニ、薬局、携帯キャリアなどのショップは無機質極まりなく、それこそ低予算映画のセットのようだ。ここで買い物をしたいという気持ちには、ならないなあ・・・。

いっぽう、女川や南三陸や陸前高田の海岸沿いは、数年前とは盛り土の高さが変わっただけ。というか、海っぺりで育った人たちの多くは丘に居を移し、すでに海岸沿いは暮らす場所ではなくなったというのか。それぞれの自治体の思惑の結果が、このボウハテイ、なのだろうか。
さらに毎年当時のままなのは、大川小学校跡。裁判係争中で触れられない部分もあるとは思うが。

石巻や気仙沼のような少し大きな町は、海岸沿いに真新しい倉庫や水産加工場ばかりが立ち並び、道路だけがやたらとキレイに整備されている。こちらは、設計事務所がプレゼン用に造る建築模型のようだ。そこには「営み」や『息吹き」は見つからない。

毎年のことだけど、東北の海岸を北上すると、それなりに普段とは違う疲労感に気づく。
それもあってか、復路は山形県との県境辺りまで入って山側を下り、温泉地に逗留するのが楽しみ。
今年は「肘折温泉」へ。肘折とは、言葉のごとく肘を折った人がここの温泉につかって治ったという言い伝えからきたらしい。まさに湯治場だ。
例年に比して、相当暖かかった2018年ですら、まだ雪が残り通行止めの道もある奥地。
いやー、いいとこでした。

Classic Rock Journey

あっという間に一か月が経ち、ページに広告が出てしまった。
毎年のことだが4月の前半は忙しく、後半はその忙しさの終了にかまけ惚けてしまうので、こんな調子である。

ということで告知です。
実は、2018年4月1日から、こしがやエフエムというコミュニティFM局で、Classic Rock Journey という音楽番組をやってます。日曜よる八時スタートです。

こちらは番組のフェイスブックページ。
https://www.facebook.com/Classic-Rock-Journey-195656551206085/

カナダトロント出身で、日本でギタリストやDJをやっている友人トーマスと、2人での隔週レギュラー放送です。

当然越谷を中心とした一部地域の方しか聴けないけど、スマホで聴いていただく方法があります。
またフェイスブックページには、放送終了後の収録内容をデータでアップしますので、そちらもチェックしてみてください。

実はずっとラジオの番組をやりたくて、食についての番組提案も過去にしたことがあったのだけど、食べることってやはりビジュアルがないとしんどいんです。なのでここは音楽で、しかも大好きなクラシックロック(1960年代後半から80年代まで)を題材として取り上げることができてラッキーです。
内容は、ぼくが英語ネイティブでプロのギタリストでもあるトーマスに、ガンガン専門的な質問をして、カレが答えるという流れ。といっても、トーマスの答えもぼくが用意していたりします(笑。

花見の話題

2018年の桜は、早かった。
例年の花見の時期は、その直後、究極に忙しくなるので準備日として費やす関係で、花見どころではない。なので、早まったことがぼくにはウレシイのである。

総勢14名ぐらい、ここまで異業種な面々が集う花見もないだろうというぐらいの愉快なメンバーで、友人の会社が持っている施設での宴会。

クリニックを開業している友人がお嬢さんと奥様と三人で参加の予定が、奥様のお母さんが足の骨を折ったとかで帰郷。ぼくも同じ経験を何度もしたので(笑、大変さもよく分かる。お嬢さんは19歳で美大生。親元を離れて寮生活。パパと2人で参加だが、若々しいパパなせいか、世間一般の年ごろ娘と父に比して仲もよさげ。

となると、参加のおっちゃんおばちゃんたちは、そのお嬢ちゃんに興味津々で、いきなり注目の的。一瞬にして人気者となった。何せ、裕木奈江のデビュー当時を思わせる可憐な美少女なから、年増を相手に、はっきりと、時にはヅケヅケとモノを言う。頭の回転が速く聡明さも魅力。

もちろん寮の部屋にテレビはない。もとよりドラマとか昨今のテレビ番組には興味がない。寮生活だが、ぼくたちが想像するような寮母さんがいる施設ではなく、食事は自炊。ゆえ、各部屋ごとにある冷蔵庫の中身が自己主張の場、だそうで。

女子美大ということで、ぼくたち世代が最初にピンと来るのが、それはそれは松任谷由実、ユーミン様である。
(イルカも確かそうだったような・・・)
さっそく誰かが、そうなの、じゃ、ユーミンの後輩だね。というと、ユーミンってどなたですか。知らないですけど。
ときた。

一同絶句。誰かがおちゃらけて、え、お母さんが、♪ひこうき雲~とかって、歌ってなかった?というも、さらに場は引き撃沈した。


弁当の思い出

昨日、小学生時代のちょっとした思い出がふとよみがえった。

待ちに待った遠足のこと、である。
その日の朝は薄曇りで今にも雨が降りそうだったが、母は「お天気よ」と優しく言って、
その声も聞こえた気がした。

母は元々料理が好きな人であり(だからこんな息子になったわけで)、
普段は給食なので昼食を作ることはないが、遠足というイベントで、
おかずとゴハンが二段になってる、(もう中身は忘れてしまったが)大変立派なおべんとうを作って
持たせてくれた。

一番待ち遠しいランチタイムとなり、意気揚々と弁当箱を開いて食べ始めようとしたら、
回りは、バナナだけとかオニギリとか菓子パンとか、「弁当」の形を成すものを持参していない。

え、いったいこれはどういうことだ。
かすかな記憶ではあるけど、子供ながらに周りの友達の不幸(笑)を嘆き、
自分が持ってきたおかずをみんなでつまんで食べた、と思う。

帰宅し、母にお弁当おいしかったよとお礼をいいつつ、そのときの話をしたら、
ふと不安に思った母が、遠足の案内や注意事項が書かれたプリントをみて、
「あら」と言った。

そこには、小さな字で「おかずはよいです」と書いてあった。

子供ながらに爆笑。母も照れながらも大笑い。
その後わが家では、母がご飯の支度で小さな手抜きをするたび、
今日は「おかずはよいです」や、と言い訳し、
しばらくの間、拙宅の流行語となった。