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タワーレコード

2019年3月で終了したドラマのサウンドトラックが必要になった。
普段、CDはすべてAmazonで購入している。
音楽が好きだしラジオの音楽番組もやってるので、頻繁に調べて購入もする。

ただ今回の買い物は、タイトルも決まっていて、つい先日まで人気を博していたドラマの音源ゆえ、市中のショップでも売っているだろう。であるなら帰り道にちょこっとタワーレコードに寄ってみることにした。CDショップって本屋さん同様、売り上げは相当に厳しいに違いない。たとえ一枚でも貢献したいなあという気持ちもあった。

ショップに着いて、ドラマのサントラとか置いている場所が分からないので聞こうと考えinformationと書かれた場所に行くも誰もいない。もう一か所見つけたが、そこにも誰もいない。まあ、大幅人件費削減なのだなと、その昔はとてもサービスがよかった記憶のあるタワーレコードに少し失望しながら、レジに並んで順番を待つことにした。

と言っても、レジに並ぶ客もほとんどおらず、すぐに番が来て質問すると、タイトルを尋ね、それで検索をし始めた。
「店に在庫がないので、取り寄せになります」

「えっ」と、まさか予想だにしない回答だったので、声をあげてしまった。

こんなにたくさんCDが置いてあるのに・・・。思わずぼくは、
「取り寄せるんだったら、Amazonで買いますよ」と言った。
店員は、だったら最初からAmazonで買えよと毒づいていたかもしれない。

ぼくはもう、一生CDショップに行くことはないだろうな。

有働アナの真の実力

昨日深夜、シアトルマリナーズ イチロー選手の引退会見があった。
といっても、テレビ局の思惑通りに全くいかなかった。試合が延長して終わらず、その後も、球場でファンとイチローが別れを惜しみ、実際に会見が始まったのは12時前だった。

ぼくは、元NHKで北野高校出身の有働アナのファンで(というより、妻がさらに大ファンで)、
元NHKの親友が、有働アナのデビュー時、大阪の局で、まったくルールも知らない有働アナに一から野球を教えたその人である、みたいな親近感もひとしおなのだ。
ゆえ、基本的に日テレは観ない主義だが、有働さんにキャスターが代わった23時~のニュースだけは、その時家にいたらチャンネルを合わせることが多い。

昨晩もたまたま家にいたので(笑、4番にチャンネルを合わせた。
有働アナは、メジャーリーグで同僚だった長谷川さんを解説に迎え、イチローの最後の雄姿、そして引退会見を生中継すべく準備は万全のようだった。
局の制作も、試合が終了し会見が始まるちょうどいいタイミングでニュースが始まるとの目論見で、東京ドームにおける局の優位性も含んで、勝ちを確信していただろう。ところが試合が長引き、なかなか会見が始まらない。

なんといっても、すごいなあと久しぶりに慄いたのは、有働さんのツナギだ。
番組スタートから会見が始まるまで、一時間弱。彼女の経験と能力、感性だけで番組を進行していた。
CMがあけるたび、もう間もなく会見が始まるような呼び込みが何度も繰り返されつつ、始まらなくて内心いらつく視聴者を退屈させないために、有働さんは、記憶にある知識を総動員し、解説の長谷川さんが答えやすいような質問を次々に発して、会見までの時間をつなぎ続けた。その間、テーマや質問が重なったりかぶったりすることは一度もなかった。
タイミングを外したくなかったのか、その間、天気予報以外に別のニュースが入ることはなかった。

番組制作スタッフのスキルは、まー低い。会見で時間が埋まると高をくくっていたのか、その間に挿入する映像やウェブ上のつぶやきなどもチープなものばかり。それをカバーするかのように、有働さんは言葉のみで視聴者に語り続けた。

改めて確信した。すごい能力だ。野球が得意分野だったということもあるけど、日本の女子アナであれができるのは、有働さんだけだろう。日テレは、有働アナをニュースに起用して、昨晩が一番助かったのではないだろうか。

にもかかわらず、やっと会見が始まったとたん、何の予告もなく有働さんの話の途中で番組は切れ、大量のCMが流れる。まるで有働さんが尺を間違えたかのような終わり方だった。
当日のプログラム上のことは何も知らないので、CMあけに再び有働さんの雄姿(イチローではなく 笑)がみられるか思いきや、くだらないバラエティが突如始まった。番組が中断して申し訳ないとのテロップぐらい出るかなとも思ったがそれもない。

有働アナは、番組を突然切られて、大きく舌打ちしたに違いない。
ここまで、何の台本も構成もなくつないできた彼女の努力は、泡と消えた。


紺のブレザー

年始にお目にかかった社長のお嬢さんがラルフ・ローレンにお勤めとのこと。
社員やその家族で使うような特別の割引カードをいただいた。
有効期限も迫っていたので、先週末、原宿にある「ラルフ・ローレン」のショップをのぞいてみることにした。
妻から、買いたいものもないのに、やみくもに行ってもしょうがないわよと言われ、いや、久しぶりにフラノの紺ブレを買おうかと思ってるんだよと伝えた。

自分の体形的にも、冬の万能選手であるブレザーは大好きだ。
現在もブルックス・ブラザーズのものを持っているし、POLOも、J.PRESSも、大学生のころから愛用していた。
ただ、ブルックスは生地がフラノではないので、久しぶりにブレザーの王道、フラノ地のものに袖を通そうと考えたのである。

天気のいい休日、散歩がてら徒歩で原宿に向かった。すごく大きな店舗なのは知ってたけど入るのは初めて。意外と混んでいる。店頭にディスプレイされたセーターとか、チラ見するとかなりお高い。
さすが、今でも人気があるんだなあと感心しつつ、ジャケットが下がっているようなコーナーを探す。

どうやらここかなとの一角。でも、ジャケットやスーツはあるけど、フラノ地はおろか、ブレザーらしきものが一着も見つからない。え、POLOにブレザーは置いていないのか。ラルフ・ローレンといえば、その人自体がいつもブレザーを着ているイメージだよ。

店のスタッフに、フラノのブレザーはどこですかと聞く。すると、店頭には出してませんとの回答。テーマをいろいろと考えてディスプレイや品ぞろえをしているので、ブレザーは出していないんですなどと、あまりにも納得できない説明。
あ、ストックから出してきますと言って駆け出した。

つい半年ほど前、アメリカのラルフローレンのアウトレットでは、棚一つすべてブレザーだったような記憶がある。欲しかったけど、たまたま自分に合うサイズがなかった。今回の割引券は、アウトレットで買うのと同じぐらいだよとの社長の言葉に、意気揚々とやってきたのだ。

ほどなくスタッフが戻ってきた。今あるのはコレですと、普通のウール地のものを見せる。
これならブルックスのブレザーを持っている。こいつはたぶん、フラノの意味も知らないようだ。

そんな時代か・・・。と天を仰ぐ。
トラッドと呼ばれる、伝統的なデザイン。今でもそれを好んで着ている。
ぼくの中でラルフ・ローレンは、その代表格だった。

寂しさだけを残し、店を後にした。


おめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
昨年末から、映画ボヘミアンラプソディのQueenのこととか、一度書いた朝ドラ「まんぷく」の続編、菅田将暉を登場させておいてひとことも大阪弁をしゃべらせない憤りとか、高輪ゲートウェイという駅名の不経済さを大阪のそば屋の看板に例えたりとか。書きかけのまま年を越し、一気にネタが古くなってしまった。
Queenの映画はまだ上映中のようだが、高輪ゲートウェイへの批判などすっかり消えてしまった。

そんなことをに忸怩たる思いで迎えた新年。今年はとても幸せな幕開けだった。
カレンダーの関係で長かったことも功を奏して、3日から6日まで4日連続で、大学時代のゼミ友、大学時代の二か所でのバイト友、就職活動中に出会い一生の友人となった男と立て続けに会うことができた。
当然皆同世代ゆえ、環境も先行きも体力も同じ。ほぼ変わらないテーマで悩んで躓き活路を見出してと、そんな話は感涙の連測だ。

そして、久しぶりの大阪での連続飲み食いの結果、あまりにも単純なことに気づく。
なんて物価が安いんだ。肌感覚でなら東京の3割は安い。同じ給料をもらってるビジネスマンなら、1.5倍豊かな暮らしができるのだ。しかも、都市生活として大阪が東京に欠けるものってあるだろうか。ただし、仕事以外は(残念ながら)。

なのに、なにゆえ東京に固執するのか。もちろん東京でなければ食べられないものもいくつかある。
ただ途方もなく高額だ。それを払って口にする価値はいかほどか。だったら日本以外の国で食べた方がいいのではないかという妙案も浮かぶ。

当分自問自答が続きそうである。

2018M-1クランプリ

2018年のM-1グランプリは、「霜降り明星」という過去最年少コンビの優勝で終了した。
今年も面白かった。力が入ったなあ。
ぼくはお笑いのファンだし、とりわけM-1グランプリは、初回から今回まで欠かさず見ていて優勝者をすべて言うことができるかな。M-1グランプリは、優勝者がほぼすべてテレビの第一線に残っているエビデンス的なすごさがある。M-1グランプリが休んでいる間にフジテレビが開催した爆笑なんとかというコンテストの優勝者では、「ハマカーン」や「ウーマンラッシュアワー」がすでに消えつつあることを鑑みれば分かりやすい。

M-1グランプリは、他のコンテストに比べ審査員が格段に優れている。コンテストである以上素人の投票は(盛り上がるかもしれないが)ほとんど意味がない。
M-1グランプリでは、審査員を選んでいるメンバーこそがお笑いの本質を熟知している人間なんだろうなと感じる。

コンテストの使命は、才能の発掘だ。
M-1グランプリは、過去14回開催しているが、その中で「サンドウイッチマン」を世に出しただけで存在価値は十分にある。予選の審査員をどなたがやっているのか知るすべもないが、なんとか敗者復活までに残れば、優れた審査員によって、その才能は見出されるのだ。

昨年と今年、巨人師匠、松本人志、上沼恵美子、中川家礼二は変わらずで、小朝、渡辺正行、博多大吉を、立川志らく、ナイツの塙、サンドの富澤に代えた。これはすごく面白いんだけど、代わったメンバーは全員、昨年の大会で「とろサーモン」に投票した(中川家礼二を除く)。

繰り返すが、コンテストは才能の発掘であり、技量を競い合うこととは違うのを大前提とすれは、昨年の審査員も、たとえば博多大吉など、漫才の技量に関しては現役でも最右翼だと思うが、誰もが感じるやさしい人。それは渡辺正行とて同様だ。技量を斟酌してやさしい投票してはならないのだ。

そして今年、彼らの評価を聞いているだけでも、M-1グランプリが発掘であることに使命を覚え、炎上覚悟で臨んでいることをひしひしと感じる。お笑いを愛し、お笑いの向上を心から願っている、そんな人たちだ。感動した。

そして、サンドウイッチマン以来といっても過言ではない、全国的には無名の新人「霜降り明星」が発掘された。