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自分の記事 (1/3)

紺のブレザー

年始にお目にかかった社長のお嬢さんがラルフ・ローレンにお勤めとのこと。
社員やその家族で使うような特別の割引カードをいただいた。
有効期限も迫っていたので、先週末、原宿にある「ラルフ・ローレン」のショップをのぞいてみることにした。
妻から、買いたいものもないのに、やみくもに行ってもしょうがないわよと言われ、いや、久しぶりにフラノの紺ブレを買おうかと思ってるんだよと伝えた。

自分の体形的にも、冬の万能選手であるブレザーは大好きだ。
現在もブルックス・ブラザーズのものを持っているし、POLOも、J.PRESSも、大学生のころから愛用していた。
ただ、ブルックスは生地がフラノではないので、久しぶりにブレザーの王道、フラノ地のものに袖を通そうと考えたのである。

天気のいい休日、散歩がてら徒歩で原宿に向かった。すごく大きな店舗なのは知ってたけど入るのは初めて。意外と混んでいる。店頭にディスプレイされたセーターとか、チラ見するとかなりお高い。
さすが、今でも人気があるんだなあと感心しつつ、ジャケットが下がっているようなコーナーを探す。

どうやらここかなとの一角。でも、ジャケットやスーツはあるけど、フラノ地はおろか、ブレザーらしきものが一着も見つからない。え、POLOにブレザーは置いていないのか。ラルフ・ローレンといえば、その人自体がいつもブレザーを着ているイメージだよ。

店のスタッフに、フラノのブレザーはどこですかと聞く。すると、店頭には出してませんとの回答。テーマをいろいろと考えてディスプレイや品ぞろえをしているので、ブレザーは出していないんですなどと、あまりにも納得できない説明。
あ、ストックから出してきますと言って駆け出した。

つい半年ほど前、アメリカのラルフローレンのアウトレットでは、棚一つすべてブレザーだったような記憶がある。欲しかったけど、たまたま自分に合うサイズがなかった。今回の割引券は、アウトレットで買うのと同じぐらいだよとの社長の言葉に、意気揚々とやってきたのだ。

ほどなくスタッフが戻ってきた。今あるのはコレですと、普通のウール地のものを見せる。
これならブルックスのブレザーを持っている。こいつはたぶん、フラノの意味も知らないようだ。

そんな時代か・・・。と天を仰ぐ。
トラッドと呼ばれる、伝統的なデザイン。今でもそれを好んで着ている。
ぼくの中でラルフ・ローレンは、その代表格だった。

寂しさだけを残し、店を後にした。


弁当の思い出

昨日、小学生時代のちょっとした思い出がふとよみがえった。

待ちに待った遠足のこと、である。
その日の朝は薄曇りで今にも雨が降りそうだったが、母は「お天気よ」と優しく言って、
その声も聞こえた気がした。

母は元々料理が好きな人であり(だからこんな息子になったわけで)、
普段は給食なので昼食を作ることはないが、遠足というイベントで、
おかずとゴハンが二段になってる、(もう中身は忘れてしまったが)大変立派なおべんとうを作って
持たせてくれた。

一番待ち遠しいランチタイムとなり、意気揚々と弁当箱を開いて食べ始めようとしたら、
回りは、バナナだけとかオニギリとか菓子パンとか、「弁当」の形を成すものを持参していない。

え、いったいこれはどういうことだ。
かすかな記憶ではあるけど、子供ながらに周りの友達の不幸(笑)を嘆き、
自分が持ってきたおかずをみんなでつまんで食べた、と思う。

帰宅し、母にお弁当おいしかったよとお礼をいいつつ、そのときの話をしたら、
ふと不安に思った母が、遠足の案内や注意事項が書かれたプリントをみて、
「あら」と言った。

そこには、小さな字で「おかずはよいです」と書いてあった。

子供ながらに爆笑。母も照れながらも大笑い。
その後わが家では、母がご飯の支度で小さな手抜きをするたび、
今日は「おかずはよいです」や、と言い訳し、
しばらくの間、拙宅の流行語となった。

もし過去に戻れるとしたら

ときどき、もし人生に巻き戻しができたら、みたいなテレビの企画とかあるよね。
それをテーマにした映画も、何本も制作されている。
ぼくは、今までの人生にまったく不満や後悔はない。うまいもの食って、
それがきっかけで本も出せてテレビにも出て(笑、
この上なく楽しい。

でも、もし巻き戻せるとするなら、一時点だけ戻ってみたい瞬間がある。
それは高校一年の冬だ。
ぼくはそのとき、北海道旭川市の進学校に在籍していたが、父親の転勤で徳島に引っ越しすることが決まっていて、その年の四月、徳島の高校に転校した。高校二年から編入という形だ。
すごく荒れた高校で、卒業するまでの二年間、ずっとヤンキーから日々逃げまわってる悲惨な高校生活だった。
今でも、徳島の高校時代の人間とは一人も交流がない。
あの時。父の転勤がなく転校をしていなかったらどうなってたかなあと、それだけは時々考える。
実は、もし転校をしていなかったらミュージシャンを目指していたのではないかと思うからだ。

今、高校の芸術科目をどのように選択するのかよく知らないが、自分たちの時代は、美術や音楽等を
自分の意志で選択することができ、ぼくは音楽を選んでいた。
当時高校一年の音楽の先生は、秋田出身の色白の女性。黒髪のおかっぱ頭(今でいう、廣瀬すず風)で、
高校の先生というのにいつもタイトなミニスカート姿。セクシーというよりは、
ものすごいカッコいい先生で、毎回毎回音楽の授業が楽しみでしょうがなかった。
そして、その先生は、当時全国大会を狙えるレベルの吹奏楽部顧問をしていた。

授業も奇想天外だったが、テストも個性的。
「あなたの音楽表現、なんでもいいよ。みんなの前で発表して」というのだ。
ぼくは考えた挙句、アコギ一本を教室に持ち込み、
レッドツェッペリンの「天国への階段」を歌い演奏した。
AメロBメロは、十分アコースティックギターで対応できるんだけど、
サビに入るところからエレキギターのソロが来て、カッティングもエレキになる。
その辺は適当にアレンジして、最後までアコギ一本で演奏した。

つか、今から思えば、そんなことができたんだなあと感慨深い。

くだんのミニスカート先生、そしてクラスのみんなも、それなりに驚いた。
というか先生は相当驚いていた。
伊藤君って、なにか楽器を習ったり勉強してきたの、と聞く。

いや、幼稚園のころにヤマハの音楽教室に行ってたぐらいです(笑。

あなたには音楽の才能があるわ。
私が指導している吹奏楽部に入って、なにか弦楽器をやってくれない? 
エレキの弦楽器を吹奏楽に導入して、よりモダンでジャズっぽい演奏を作りたいのよ。

記憶はあやふやだが、確かミニスカ先生は、授業中にみんなの前で
それを言ったように覚えている。
ものすごく、ものすごくやりたかった。
特に自分たちで組んでいたバンドではベースを担当していたので、
吹奏楽でベースを弾いてみたかった。

でも、まじめな高校生時の自分は、
実は三月で旭川を去り、徳島に転校するんです。と、
即座に答えた。

そうなの、惜しいわねえ・・・。
徳島に行っても音楽を続けてね。

食べることと同じぐらい好きな音楽。それは今も変わらない。
食べることを介して、いろいろな方々と知り合い、世界中を旅して、
今までも、たぶんこれからも、こんなに楽しいことはない。

でも一瞬、もしあそこで転校せずに吹奏楽部でベースを弾いていたら、
きっとそのまま続けて、音楽の道に進んでいたかもなあと、夢想するのである。

人生50歳から

ぼくは、50歳で初めて本を出版し、その後も定期的に上梓することができた。
そして50台半ばでテレビに主演して、1年間全国各地の食堂を60軒取材した。
すべて先方からのオファーで、自分が仕掛けたわけでもない。

何かコツコツと続けていたら、どこかで花開くことがある。
それが信じられる、実際に存在する、他人にも伝えられる体験を重ねた。

まさに人生50歳から、である。

そして、来るべきチャンスに備え、もちろんさらなる経験を積み情報を整理して、
頭を冴えさせておくことも大切だが、
これからは健康維持が第一。
いざというときの体力が勝負かなと、切実に思う。

東京百年レストラン 中国語版

ぼくは、2010年末「東京百年レストラン」という本を上梓しました。
料理マスコミからブロガー・レビュアーに至るまで、新規オープンの店や話題の店を中心に追っかける中、「継続」をキーワードとして、ぼくが個人的に百年以上続いてほしいと願う店を、独自の視点でセレクトした本。
一店舗の紹介に、それぞれ2000字以上費やしたのも、今までのレストランガイドにはない特徴だったかなと思っています。

そんな「東京百年レストラン」の中国語版が出来上がった、という連絡と現物が、突然日本の出版社から届きました。
そういえば、店頭に並び始めて半年ぐらい経った時、中国語訳を出さないかという話があるけどどうしますか?という問い合わせが版元からあり、あまり深く考えることなくOKしたものの、実はすっかり忘れていました。

そんな中、三年以上を経てとても美しい中国っぽい本になって完成しました。
中国語はまったく解さないので、文章のチェックなどは手掛けておりませんが、あとがきで謝意を表した恩人・友人の名前も正確に掲載されていて、おそらく本文も忠実に翻訳されているものと想像します。
写真はもちろん地図も掲載していない、ガイドというよりは”読み物”である「東京百年レストラン」は、色あせることが少ない普遍的な内容ゆえ、翻訳に適していたのかもしれません。

帯にこの本を推薦する(という意味だと思います)方々のお名前が載っているのですが、検索すると現地では著名な方々だったりするようです。 掲載をさせていただいたレストランの皆さん、もしかすると突然中国語の予約が入るかもしれないんですが、その際はどうぞお許しください。

≪現地のAmazonみたいなサイト≫
http://www.kingstone.com.tw/book/book_page.asp?kmcode=2014830050072
百年1