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交友の記事 (1/3)

富士メガネ

友人から、もう8年ぐらい同じメガネを使っているので、そろそろ買い替えようかと思っている、どこかいいメガネ店を知らないかと訊かれた。立ち食い蕎麦からメガネ店までを網羅するぼくは(笑、自分がもう10年以上をお世話になっている「富士メガネ」を迷わず推薦。
若いころは、見えさえすればいい安売り店ばかりを渡り歩いていたものの、目の老いや重要性を感じる歳になって以降、大手町にある「富士メガネ」まで丸の内線で通っている。

「富士メガネ」の創業者は、ある時テレビを観ていて、経営の神様と呼ばれた松下幸之助の眼鏡があまりにひどいのに気づき、当時札幌にしかこの店はなかったそうだが、わざわざ大阪まで出向いて松下幸之助を訪ね、あなたはそれなりの人なのだから、もう少しちゃんとした眼鏡を選びなさいと諭したという逸話がある。
突然訪ねて行って経営トップに会えるのか、という信じがたい点も気になるが、なかなかいいストーリーではある。

友人はその話を聞いて気をよくし、早速「富士メガネ」に出かけ、視力検査など3時間かけて10万近いメガネを購入。紹介者のぼくにお土産までもらってきてくれた。

その後彼は、帰宅して奥さんにそのことを話したところ、
あんた、なんでそんな高いメガネ買ったのよ。そんなお金どこにあるの。もうちょっと考えなさいよ、と怒鳴られたらしい(笑 彼は小さい規模ながらも社長で、決してお金がないわけではないと思う)。
加えて、
なによ、そのセンスの悪いダサいメガネ。そんなに高いお金を出すなら、もう少しカッコいいもの選べないの。情けない!

買いに行ったその日にメガネが出来上がる訳もなく、8年前から毎日かけているメガネをさして、そう言われたらしい。
結婚26周年夫婦の、ステキな逸話だ。

花見の話題

2018年の桜は、早かった。
例年の花見の時期は、その直後、究極に忙しくなるので準備日として費やす関係で、花見どころではない。なので、早まったことがぼくにはウレシイのである。

総勢14名ぐらい、ここまで異業種な面々が集う花見もないだろうというぐらいの愉快なメンバーで、友人の会社が持っている施設での宴会。

クリニックを開業している友人がお嬢さんと奥様と三人で参加の予定が、奥様のお母さんが足の骨を折ったとかで帰郷。ぼくも同じ経験を何度もしたので(笑、大変さもよく分かる。お嬢さんは19歳で美大生。親元を離れて寮生活。パパと2人で参加だが、若々しいパパなせいか、世間一般の年ごろ娘と父に比して仲もよさげ。

となると、参加のおっちゃんおばちゃんたちは、そのお嬢ちゃんに興味津々で、いきなり注目の的。一瞬にして人気者となった。何せ、裕木奈江のデビュー当時を思わせる可憐な美少女なから、年増を相手に、はっきりと、時にはヅケヅケとモノを言う。頭の回転が速く聡明さも魅力。

もちろん寮の部屋にテレビはない。もとよりドラマとか昨今のテレビ番組には興味がない。寮生活だが、ぼくたちが想像するような寮母さんがいる施設ではなく、食事は自炊。ゆえ、各部屋ごとにある冷蔵庫の中身が自己主張の場、だそうで。

女子美大ということで、ぼくたち世代が最初にピンと来るのが、それはそれは松任谷由実、ユーミン様である。
(イルカも確かそうだったような・・・)
さっそく誰かが、そうなの、じゃ、ユーミンの後輩だね。というと、ユーミンってどなたですか。知らないですけど。
ときた。

一同絶句。誰かがおちゃらけて、え、お母さんが、♪ひこうき雲~とかって、歌ってなかった?というも、さらに場は引き撃沈した。


北の脅威

昨日、カナダトロント出身のミュージシャンと話していた。
彼はよく京都にもツアーに行くようで、つい先週、京都ツアーを行ってきたばかりという。

ライブの後京都観光や京都で打ち上げをした際、とても驚いたことがあったとつぶやく。
それは、彼の耳に、アメリカンイングリッシュがほとんど聞こえてこなかったというのである。

ぼくの耳ではかなり難しいが、ネイティブスピーカーにとって、今聞こえている英語が、イギリスなのか、アジアなのか、オーストラリアなのか、ノースアメリカなのか、聴き分けるのは比較的容易のようだ。
で、京都という日本最高の観光地には、間違いなく大量のイングリッシュスピーカーが訪れている。
彼曰く、何度も京都を訪れているが、こんなにアメリカンイングリッシュが聞こえてこないことは、過去になかったというのである。

トロント出身のカナダ人ミュージシャンはこう付け加えた。
それはひとえに、北朝鮮の脅威だと。自分の母国がいつ北朝鮮と一戦交えるか分からない緊張した状態で、最も隣国な日本は危険極まりなく、おちおち旅行などできない、というのが一般的なアメリカ人の感覚。ハワイへのアメリカ人旅行者も減っているという。

確かに昨年夏ハワイに行ったとき、アメリカのニュース番組でも北朝鮮のことを、極端に言えば日本以上に取り上げていて、ミサイルを打ち上げる映像を何ども流し脅威を煽っていた。そこまで深くて強いアメリカ人の関心事なのだ。しかもアメリカ人の多数は、戦争が始まる可能性を高く感じていて、隣国への旅行を控えている。

ベトナム戦争同様身勝手な話だなあと感じつつ、隣国で暮らすぼくたちにとっては、さらに恐ろしい。
大地震の前に、鳥が一斉に飛び立つ、そんな状況だろうか。

丸大ホール

少し低調な気持ちで川崎にいた。
夜の7時半である。自宅近辺まで、この空腹と疲れを持ち越したくないので、川崎でメシ&酒と決める。決めるといっても選択肢はほぼ一つ。「丸大ホール」である。

この店、本当にすばらしい。京浜工業地帯という、むかし地理の時間に習った死語のような言葉がリアルに蘇る店舗。朝から晩まで、あらゆる時間帯で仕事をしているブルーカラーを対象に、空腹とストレスから解放してきたオアシス。
刺身、煮込み、フライ、鍋等々の酒場としてのメニューから、オムライス、チャーハン、ラーメン、うどん蕎麦みたいな純粋なメシまで、店内の壁中にメニューが貼られ、その姿は圧巻。
6名掛けテーブルしかないので相席が基本。最近はめっきりホワイトカラーも増えたが、にしても、酒場本来の喧騒とタバコの煙(苦手ではあるが)、気のいいおばちゃんの接客は、ゆるぎない特徴だ。

その日は斜め前に寡黙な男前(もちろんホワイトカラー)が一人。タバコをくゆらせながらスマホを操作していた。酒をあおるという気配はないが、肉野菜炒めに続いてオムライスを注文。「丸大ホール」においては、かなりの手練れと見た。

そこへ陽気な二人組がなだれ込んできた。一人は関西弁である。
早速眼前の男前に関西弁の方が話しかける。
「いやー、さっきも来たんやけど満席や、ゆうんで、他でちょっと飲んでて、でもこっちに来たかったんで、もっぺん来てみたんですわ」とファンぶりをアピール。男前は常連ぽく落ち着き静かな対応ながら、丸大ホール愛については自分が大先輩との自負もありありで、かなりのピッチで語り出す。

やがて関西弁が僕の方へと飛び火してくる。
「作家とか、そんな感じですよね」
「あ、いや」
「あー、やっぱりや。そうやと思たわ」

大いに盛り上がるまで、時間はかからなかった。
それこそ瞬間湯沸し器のように、みたいな使い古された言葉を用いたくなる、古風なまでの展開である。

酒場では、プライベートな詮索は厳禁とされる。
若いころ、酒場で隣り合った先輩と盛り上がり、氏素性を尋ねて叱咤された経験が何度もある。縁があれば、またこの店で会いましょうと優しく諭された思い出もある。本来なら、そんな一期一会の世界観が酒場なのだと解釈していた。

ところがこの日は違った。そのうちの一人が、ぼくの出ている番組を観てくださっていたことも要因の一つかもしれない。ブルーカラーのための酒場にホワイトカラーも集うようになったと冒頭に書いたが、お互いの氏素性を語らうと、ホワイトもホワイト、寡黙な男前は、世界を席巻する通販会社、そして陽気な二人組は、世界の味を塗り替えた調味料メーカーだった。

「丸大ホール」が閉店となると、誰からともなく二軒目に行きましょうとの声がかかり、その夜は、さらに深く、川崎の奥へと踏み込んで行ったのだった。

ホシ子のパーティ

ぼくが大手の情報ポータルサイトで「大人の食べ歩き」というガイドをしていたとき、大げさではなく、週に1組~2組から、食事のお誘いがあった。
ホンの8年ほど前にもかかわらず、当時は、今のようにSNSで告知したらあっという間に席が埋まるような時代ではなく、特に女性は、ワリカンで構わないからちょっとしたイイ店に食事に行きたい!と思っても、なかなかそんな店に付き合ってくれる相手を探すことが難しかったんだろうなあと思う。

ところがぼくは、そういったお誘いを、すべて断っていた。今から思うと青かったなあと恥ずかしくなるが、店のレビューを書くという立場では気軽に受けるべきではない、と真面目に考えていた。また、ひとつを引き受ければ、ずっと参加しなければならなくなり、その面での公平性も保ちたいと思った。

なぜこうまでストイックだったのか、今にして振り返れば不思議だが、自分のページの画面上に、自分が推薦しない飲食店の広告がリンクされてたりすると、自分とは一切ありませんと、メルマガに書いて告知したりした。
(後でずいぶんイヤミを言われたが)

週一で配信していたメルマガに、「お誘いいただくのは光栄ですが一切お受けしません」と書き続けていたので、しだいに数は減っていた・・・、ちょうどそのころ、一通の大変興味深いメールが届いた。

食事のお誘いはお受けいただけないことは承知しておりますが、私の友人の誕生日のサプライズゲストとしてご登場いただき、私たちの前で講演をしていただけませんでしょうか。という文面。よく読むと、私たちの前で、といっても誕生日の方を含めて三人。

誕生日の友人を驚かせたいのでバースディの食事会に来てくれというオファー数はかなりにのぼるし、その理由はウレシイけど食事のお誘いには変わらないのでお断りをしていたが、講演依頼とは意表を突いてきた。しかも会場は、ぼくがそのサイトで紹介したことのある「美登里」という名の日本料理店。そして、驚かせたい女性もミドリさんというのだ。

考えたなあ。アイデアの秀逸さと熱意にすっかりやられてしまったぼくは、最初で最後の依頼を受けた。そして、そのときお目にかかった3名の女性は、日本が世界に誇る多国籍企業にて看板商品の開発に携わっておられる方々。当然ながら、皆さん聡明で、三者三様に個性的で、そして一様にチャーミングだった。なんと素晴らしい時間。こんな出会いもあるんだなあと感激の連続。ただ、やっぱりそれ以降もサイトに投稿している間は、お誘いを受けることはなかった。

そして8年が過ぎ・・・。
先週末、その三人のうちの一人、通称ホシ子の結婚披露宴にお招きをいただいた。
人はそれぞれ数奇な運命や想像つかない出会いがあるだろう。だけど、こんなステキで幸せなコトって、実際にあるのだろうか。

式は静岡県のオーベルジュで開催され、絶好の結婚式日和のなか、ウエディングドレスを着た新婦ホシ子が新郎を後ろに乗せてバイクで登場する場面から始まった。8年前のアノときと変わらない、工夫とアイデアと愛情がいっぱいに詰まったホシ子が主催するパーティ。そして、あのときのミドリさん、カオリさんと同じテーブル。

自分が食やレストランに詳しくてよかったなんて、ほとんど感じたことがないけど、やっぱり詳しくて心底よかった。