外飲の記事 (1/1)

ドトール、意外と好きです。

ドトールは、今や誰もが知るコーヒーショップ。優れた経営と、コーヒーだけではなくサンドイッチやホットドッグまで外さない味を誇る貴重なチェーンだと思う。
アメリカへ頻繁に出かけていたのと同じ時期、スターバックスが全米各地に出来始めたことがあった。すでに定着していた日本のドトールを知るぼくは、スタバはこれを規範にしたんだなあと、実は思っていた。

そんな当時から今でも、ドトールというコーヒーショップは気がかりである。
特にここ数年、ホットコーヒーをたしなむ秋冬のシーズンには、ドトールで豆を買い、それを淹れて自分のデスクで楽しむのが日課となっている。

さらに毎回楽しみなのが、ドトールの月替わり(たぶん)の特選コーヒー豆シリーズだ。価格は張るものの、企画の楽しさ、バリエーションの豊富さに惹かれ、あまり意識せずに買ってしまう。もしかしたらかなりの贅沢なのかもしれない。

いつもの通り道、いつものドトールに立ち寄って豆を買うのもすでに4~5年目のシーズンだろうか。そこのドトールスタッフについては、買うたびに違うような気がしてあまり気に留めていなかったが、お店のスタッフにはなんとなく覚えていただいているような気が、最近時々する。

ふらっと豆を物色に立ち寄ると、自分からは何も言わないのに、今、毎月のシリーズは品切れなんです、明日新しいものが入ってきます。とか、ぼくがその中でも欠かさず大量購入する、プレミアムマイルドブレンドは、○日販売スタートですよと教えられたり・・・。
妙に恥ずかしい。

さて、いつものドトールではすでに発売を終了してしまったインドのケララ州の豆が、過去最高ぐらいにステキな香りと味わいを誇り、とても気に入った。もうプレミアムマイルドが売り出されいるが、最近はいつもの通り道から浮気して、ドトールを見つけるたびに、インドケララ州の黄色い袋に入った豆が残っていないかチェックしている。

日本酒とは

一般に、米を発酵させて作る醸造酒を「日本酒」と呼んでいる。
この言葉は、マトモに考えてみると少し不思議だ。日本語では、わざわざ日本と付けなくても、「酒」という文字がすなわち日本酒を指すのではないだろうか。単に酒と言えば通じるものを、わざわざ日本酒と呼ぶところが、なんとなく洋酒へのあらぬ対抗意識というか卑屈さがにじみ出ている感じがする。

洋酒、葡萄酒、麦酒、そして「酒」。

かくいうぼくも、大学生のころは何の問題意識もなく日本酒という言葉を使っていた。あるときすでに他界した祖父と飲んでいて、「おじいちゃん、日本酒好きやなあ・・・」みたいなことをつぶやくと、「あきらくん、これはなサケやで。なんで日本酒なんてゆうねん。おかしいやろ。サケちゅうんや。サケ持ってこい や」と叱られた。

その時のショックは意外と大きく、ウイスキーの水割りやコークハイが主流だった当時、日本酒党だとイキっていた自分が恥ずかしくなった。

それ以降、ぼくは機会あるごとに「酒」と表現しガンバって説明もするが、酒の専門店でもほとんど通じない。目を海の外に向けてみると、欧米では日本酒のことをsakeと言うわけで、外国人のほうがよほど日本語に精通していると言わざるを得ない。

さて、先日酒卸のベンチャー企業を総帥する友人と痛飲した。
彼は、江戸時代から続く酒問屋に生まれながら、最高学府や海外でも経営を学び、ITや最新の経営手法を駆使して新しい酒卸会社を立ち上げ成功した人物である。そして、10年間で充分にやりつくしたと確信した彼は、あっさりとトップの座を後進に譲るという潔さなのだが、その辺のことは別の機会に書きたい。

その彼が、日本酒のことを「清酒」と呼んでいた。
「清酒」という表現にえらく感銘し、上記の祖父の話などをしていたら、「伊藤さんも分かっていただけますか・・・。ぼくも日本酒という呼び方がとてもイヤなんですよ」という。さすが酒を愛してやまない男。こんな人物に販売される酒はシアワセだ。ぼくも今度から清酒と呼ぶことにしよう。

ところで、酒税法の分類では、日本酒を「清酒」としているらしい。彼曰く、「清酒と注文しても、居酒屋でもなかなか通じないんですけどねえ」とのことだが。

6軒目のバー

ぼくが東京に移り住んだのは20数年前だが、それ以前は大阪人だったことはよく書いている。で、大阪から東京へはもちろん仕事の転勤で異動したものの、当時から呑み助だったぼくは、東京に住んだらまず行こうと決めていたバーが5軒あった。

今は鮨屋になってしまった「1st BarRadio」、「モーリバー」の毛利氏がおられた「霞ヶ関ガスライト」、今は移転しているが元々はフランス料理店「ロオジエ」の横にあった上田氏の「テンダー」、当時もっとも尖ったバーといわれていた西麻布の「レッドシューズ」。これらはすべて現在移転もしくか存続していないが、湯島の「EST!」だけは今も存続。オーナーバーテンダー渡辺氏のお2人の息子さんが新橋で独立するぐらい時間が経ったが、20数年前の想いを秘めつつ現在まで定期的に訪れている。

いっぽう、ほとんど知己の存在しなかった東京にも、ぼくより一足先に出ていた大阪での遊び仲間が一人いて、そいつが「伊藤、ぜひ覚えておいたらええで」と連れて行ってくれたバーがあった。

結局彼の意図するところで利用することは一度もなかったが、そのバーは渋谷のホテル街に隣接する格好のお口説きポジションにあるのだ。ホイチョイ的に言うなら、やれるバーである。

そこは「BAR松木」。「松木家」というすき焼き店に併設されたウェイティングのような位置ながら、「松木家」オーナーの才覚が冴えるのか、置かれたボトルもバーテンダーもそして内装も、ウェイティングという片手間感などまったく思わせない、それこそ改装前の「ロオジエ」の並びにあった「テンダー」のごとく、その本家を食ってしまうほど渋いバーだった。

さて、渋谷警察最寄りに「石の華」というバーがある。そちらのバーテンダー石垣忍氏は、バー業界の華と呼んでも過言ではないイケメンかつ数多いオリジナルカクテルと受賞歴を持つホープ。その彼も90年代前半この「BAR松木」に在席し研鑽を積んでいる。

結局その友人と男同士で何度か行って以降は寄り付く機会のなかった「BAR松木」だが、ひょんなことから本当に久しぶりに訪問。といっても決して色っぽい話ではない。

昨日、神泉にて大人数で食事をした。すごい人気店で10時を回るというのに次の予約が入っているとのこと。2時間半で追い出されてしまった。その店自体は大満足で不満はないんだけど、やはり飲み足りない・・・。かといって2人や3人ならいざ知らず、この界隈に行ける2軒目はあるかなあと、決め手もなく神泉をさまよった。

その際、食事をしたメンバーに上記のようなことを口走っていた(笑)ところ、うまい具合に「BAR松木」の前にさしかかったので、若い独身男子もいることだしダメもとでのぞくだけのぞいて見るか、とドアを開ける。

と、ぼくの記憶ではカウンターだけの店だったが、なんとちょうどいい丸いテーブルがあり、そこにいた客が今まさに席を立とうとしていて人数分の席をゲット。やはり飲食にはツキを持っているなあと自画自賛。

ところで。
そんなぼくの思い出を語りながら「BAR松木」に入ったんだけど、その日ほくたち以外はすべて男性の2人客。団体のぼくたちに負けることのないボリュームでスポーツバーのごとく語り合っていた。

カップルでしっとりと訪れるべきやれるバーと力説したぼくの前フリには、全く説得力がなっかったことも付け加えておかないとなあ。