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東京の地下鉄

東京で暮らして30年を迎えようとしているが、未だに東京の地下鉄(今はメトロというらしい)は、ややこしい。
というか、ぼくが東京に引っ越したころからの思い出話も少し書いておこう。ドア地蔵に続く鉄道ネタである。

平成とともに東京に来たぼくが、もっとも驚いた三点は、
未だまったく自動改札ではない
東京メトロ、当時の営団地下鉄車両に冷房が利いていない
(当時、高円寺に住んでいた友人は、冬は地下鉄、夏はJRで通ってたなあ)
車掌が「ドアを閉めます」とアナウンスすること、である。
あ、もう一つあった、というかこれは未だに西武線とかでは採用されているようだが、
こんど  つぎ  そのつぎ
これは不親切以上に、日本語としても変である。

東京が、そのころまったく自動改札化ができなかったのは、組合の力が強すぎたからだと誰かから聞いた記憶がある。
当時は分割民営化の直後で、ものすごい過渡期だった。
「渋谷に行けば、JRって外人の友達までいるんだぜ」というウッチャンナンチャンのネタも生まれた。
分割民営化に反対しつつもJRに残った人たちが、JRが運営する立ち食いソバ屋とかに異動になり、
国鉄ユニオンのバッチを付けて仕事をしていたことを覚えている。

さて、本題というか、東京の地下鉄について続けてみたい。
なによりネーミングが不適切だ。
銀座、丸の内、日比谷、千代田、有楽町。
これらって、すべて徒歩10分圏内。その違いも個性も見いだせない。
大阪から出張で来た友人が、有楽町から日比谷に行くのに地下鉄に乗ったという話を聞いたことがあるが、地下鉄の路線が違うとの認識で、そこそこ距離があると感じたのだろう。

世界的に見て、最近の地下鉄の路線名は、番号か始点・終点の名前になることが多いようだ。
例えば丸の内線なら、新宿・池袋線、銀座線なら渋谷・浅草線。でもこれでも、どこを通っているのかよく分からないよなあ。
その点、大阪は優れている。計画的というか、主軸交通網としての将来の発展を予想して考えられている。
多くは幹線道路の下を走っていて、幹線道路の名前が付いているのだ。御堂筋、堺筋、谷町筋、四ツ橋筋・・・。

その昔、御堂筋の延長線上、千里の地に大阪万博の会場を作り、御堂筋を延長して新御堂筋とした。
大阪では、千里の道も一歩から、ではなく、千里の道も新御堂から、という。

日本酒の末路

ぼくは自分の著書では、日本酒と書かずに清酒としている。
その意味も同時に著しているが、子供のころ日本酒が大好きだった祖父に、
「おじいちゃん、日本酒好きなんやなあ」といったところ、
「なにいうてるねん。これは日本酒とちごて酒や。なんで日本人のわしらが、自分たちの酒のことをわざわざ日本酒といわなあかんねん。外人でもsakeというやろ」と怒られたことに起因している。

そして今回は清酒の話である。
今ちょうど流れているJR東日本のCM(おや、またテレビの話のようだ)。
♪冬のごほうび~冬のごほうび・・・とかわいい歌が流れ、その後にナレーションが続く。
「東北は米がうまい。だから酒がうまい。来たれのんべい」
東北は米がうまい。そしてうまい酒もある。ただそこには何の関連性もない。
食べるブドウとワイン造りに使われるブドウが違うのと同様に、
酒造りに使われる米と、ぼくたちが普段食べる米は別の種類なのである。

酒造りに使われる米の最高峰は、兵庫県もしくは岡山県産と言われている。
東北の蔵は、農家と酒造りに適した米を地元で生産する努力をされ、そんな米を使って個性的な清酒を醸すことに成功しているが、ほとんどは食米とは別の種類。また、それぞれの蔵が自ら最上に位置付けている酒には、兵庫県産の米を使っている。
天下のJRが基本的に間違ったナレーションをしていること自体、母国の酒の成り立ちを軽視しているとしか思えず、またまたおじいちゃんに怒られそうである。

ただ、個人的にはもっと悲しいCMがこの冬に流れている。
それは月桂冠の糖質カットの酒である。
わざわざ米から糖質を作ってそれを発酵するという作業で清酒は作られるのに、その糖質をカットするという本末転倒ぶりに目を覆いたくなるが、それよりもっと救いようがないのは、糖質カット日本酒のCMだ。

そのCMで流れるナレーション。
「Smooth&Dry つまり淡麗辛口。」
悪夢だ。

清酒は淡麗辛口でなければならない、という歪んだ間違った概念が過去に出来上がり、新潟を中心に個性のない水みたいなシャバシャバ酒ばかりが売り出され、その結果清酒の発展が20年は遅れたと言われている。
やっと今、その矛盾や無意味さに気づいた若手の蔵人が、旨口ともカテゴライズされるそれぞれの蔵の個性を発揮できるテイストの酒を醸し始め、清酒の業界は活況を呈してきた。本当に喜ばしくて楽しみなことだ。
(といっても、今だ大手の酒蔵の売り上げがベースとなる統計ではトータルの売りは下がっていると聞く)

客は今でも、居酒屋で酒の好みを聞かれると「辛口がいいな」と普通にいう。
蕎麦に何の疑問も感じずに七味唐辛子を入れるのと同じ、反復動作としか思えない現象だ。
おいしくて特徴のある清酒を集めるようになった居酒屋のスタッフは全員、心の中で笑っている(実際に笑うやつもいる)。
最近は平気で、当店に辛口の日本酒はありません、と言ったりメニューに書いているところもある。
辛口とおっしゃいますが、具体的にどんな味でしょうかと質問するヤツもいる。もちろん実際に答えられる客はいない。たぶんぼくに聞かれても、答えられないだろうけど。

ビール業界はスーパードライという一つのブランドだけで、普通のビール以外に「辛口」という市場を作った。そこには極めてマーケティンク的にすぐれた仕掛けがあったからに他ならない。いっぽう清酒は、端麗辛口と縛ることによって、暗黒時代に突入した。月桂冠ほどの大手なら、そんな時代の記憶もあるだろうに・・・。

トナカイの鼻はなぜ赤いのか

無宗教の日本人にはほとんど縁のないはずのクリスマスである。
昨夜、クリスマスイブの夜に、たまたまアメリカ人とクリスマスについて話していた。日本人はクリスマスを友人や恋人同士で過ごし正月は家族とともに、が一般的だが、アメリカは間逆。クリスマスは家族とだが年末年始は友達と騒ぐものだそうだ。ゆえ、正月の六本木はガイジンたちで大騒ぎだという。

さて、そんなクリスマスのことを何気なく話していて、トナカイの鼻はなぜ赤いのか、という話題に波及。そしてここに至って、かなりガクゼンとした。単にぼくが知らないだけで多くの日本人はキチンと理解しているのかもしれない。でも、クリスマスが終わらないうちに、そのガクゼンとしたことについて、書いておきたくなった。


赤鼻のトナカイ、として、子供の頃から親しんできたクリスマスソングがある。この歌、どのようにして覚え、どのように歌っただろうか。そしてなぜトナカイの鼻が赤いのか、考えたことがあっただろうか。
(実に、トナカイという動物の鼻は元々赤いと思っている日本人も多いかもしれない)

ぼくなりにアメリカ人から聞いた内容を解説してみよう。
ここで歌いだす「真っ赤のお鼻のトナカイさん」の英語の歌詞には、トナカイにルドルフという固有の名前がある。この歌の英語のタイトルは、「RUDOLPH THE RED-NOSED REINDEER」赤い鼻のトナカイ ルドルフ、というものだ。

そして、ルドルフは、生まれながらにして鼻が赤いという特徴(いわば奇形)を持っていた。そんなルドルフの幼少時代は、鼻が赤いことから、からかわれ常に笑い者だった。

ところが、トナカイ最大のシゴト、サンタクロースのソリを引くという段になって、サンタクロースはルドルフの赤く光る鼻がライト代わりになることに気づき、ルドルフをソリを引くトナカイたちの先頭にすえて、全てのトナカイをリードする役割を与えた。

つまり、他とは違う体に生まれ、幼少時代に苦労や悲しい思いをすることがあっても、実は将来それが自分の個性となり、他にはできないすばらしいコトができるんだよ、と教えるストーリなのである。

それを踏まえて、「赤鼻のトナカイ」の日本語の歌詞を見てみると、

真っ赤なお鼻の トナカイさんは
いつもみんなの 笑い者
でもその年の クリスマスの日
サンタのおじさんは言いました
暗い夜道は ピカピカの
おまえの鼻が 役に立つのさ
いつも泣いてた トナカイさんは
今宵こそはと 喜びました


おそらく歌詞を見なくても、多くの日本人はこの歌が歌えるだろう。
ただ、子供の頃、この歌詞の意味を理解して歌っていただだろうか。また、この歌詞の意味を教師は教えただろうか・・・。


もうひとつ言えば、
この歌詞の日本語訳がヒドイ。

ルドルフという固有の名前を持つトナカイを「トナカイさん」とした結果、この歌がルドルフのことを歌ったものだという最大のテーマを、あいまいにボヤかしてしまったようだ。

ああ、アラフィフにして分かった、赤鼻のトナカイ ルドルフの人生。