生業の記事 (1/3)

テスト ワンツー

日曜深夜のテレビ朝日、なんだかすごいマニアックな音楽番組がある。関西弁のジャニーズの人と古田新太が司会を務め、毎回、音楽やコンサート制作の裏側というか、プロフェッショナルな部分に焦点を当て、観たい知りたい聴きたいコアな音楽ファンの好奇心を満たしてくれる。
例えば、どんなにパフュームの踊りがすごいかをダンスや映像の専門家を交えて解説したり、関西弁がなぜソウルフルな音楽に合うかを紐解くために、ウルフルズに、ざたまさしの「関白宣言」を関西弁で歌わせたりといった具合だ。
ひな壇というか、ゲストに単発で呼ばれたタレントが、これって本当に地上波?と疑問を呈するぐらいである。

昨晩、視聴者からの質問に回答しますという特集をやっていて、ステージ上スピーカーの音響調整のときに、なせ「ワン、ツー」「ワン、ツー」というのか、なるものがあった。
ぼくもイベントの仕事をやり始めたころ、ステージの音響調整をするスタッフが、設置されたそれぞれのマイクに向かってテスト・ワンツーワンツーというのが不思議で、速攻質問をした記憶がある。

すると、ワンの「ン」という無声音とツーの「ツ」という破擦音に合わせて、マイクのハウリングなどを調整するため、という明快な回答。昨晩の番組でも、同じ意味のことを解説していた。加えて、「本日は晴天なり」となぜいうのかについては、It's a fine day today.のイッツのツがほしくてこれを言うのだが、日本では単純に和訳されてしまったらしい。

そういえば以前、フランス語圏であるスイスのジュネーブでイベントの仕事をしたとき、現地の音響チームが日本やアメリカと同様にマイクの調整をしていた。なんとなく聞くともなく耳にしていたら、彼らは、「テスト、アン、ドゥ」と言っていたのだった。

ハワイの旅行ガイド、書きました

文春オンラインという、文芸春秋社が発信する総合的なウェブサイトに、ハワイの旅行ガイドを書きました。二回目のハワイとの位置づけで、ハワイでどこに行くかについてはサブのテーマとし、どう動くかという点に最大のスポットを当てて書いてみました。現地でレンタカーに乗らないという縛りです。

実はハワイに50回以上行ってるのですが、初回からレンタカーに乗っていて、オアフ島なら地図を使わずしてほぼ全島の主要な道路を熟知しているのですね。でも、レンタカーを使わないガイドを書きたくて、ここ数回はクルマを借りずに移動する、をテーマに現地でも動いてきました。すべて実体験です。
(なお、各記事のタイトルは編集部作成です)

第一回
2回目のハワイは「ハワイアン航空午前0時羽田発」に乗る

第二回
ハワイの移動手段、実は路線バスが正解!

第三回
時間を無駄にしない4泊6日の超具体的プランはこれ

第四回
ハワイのアウトレットは「ワイケレ」に行け。日本人向けサイズが豊富

渋谷図書館

決して広いリビングではない、というか、PC1台で事足りる現状なので、半畳もあれば、文章を書いたりする日常は充分だ。ただ、大きく紙を広げ、手書きで作業をしなければならないコトがあり、さてと考える。
カフェみたいな場所を利用するもいいが、ふと、最適な環境が思い浮かんだ。そうだ、図書館だ。

ということで、実に受験勉強以来、数日図書館に通ってみることにした。さて、東京の図書館なんて、なにかの調べもののために国会図書館に行ったぐらいの記憶しかなく、それ以降、検索という強力なツールのおかげで、わざわざ出向く必要はなくなっていた。

知人から、渋谷の図書館がいいらしいよとの情報を得、「検索」して場所を調べて、訪ねてみた。

遠かった。場所の確認をいい加減にした結果もあるが、認識としては、渋谷にある明治通り沿いのスーパー「ライフ」の裏ぐらいかなあと思っていたが、ソコからかなり歩く(しかも坂道)。

キレイらしいよ、との情報だったものの、建物は古い。そして館内はもっと古い。まあそれでも資料を広げることができればと、閲覧コーナーを目指す。

閲覧コーナーは、大きなテーブルがボンボンと置いてあり、その回りをあまり座り心地のよさそうじゃない椅子が囲んでいた。人の入りは3割ぐらいか、そしてその大半が寝ていた。

ひどいな。

と嘆きつつも、個人の目的が実現できればと、一角に陣取って資料を開く。すると、とんでもなことに気づいた。

机の上が暗すぎて、資料が読めないのだ。
上を見上げると、蛍光灯がガッツリ抜いてある。

節電?

図書館の閲覧コーナーとは、本を読むところである。
寝るところではない。でも、この明るさじゃ寝るわな。
なんというか、このバカさかげんには、久しぶりに脱力した。

閲覧コーナーの灯りまで節電して、それを疑問に思わない図書館の存在意義など、まったく見出せない。

さて、即座に電話してその件につき渋谷図書館をすすめた方に質すと、広尾の中央図書館の間違いだったらしい。そのまますぐ渋谷図書館を出て、中央図書館にて目的は達成できた。ゆえ、すべての図書館が暗い、というわけでもないことを付け加えたいけど。







食随筆家

昨年末週刊文春から、「この一年、忘れられない一皿」という特集記事についての依頼があった。昨年オープンした店とそれも含めたトータルとで、それぞれ3軒程度ずつ、飲食店と一皿を挙げてほしいとのこと。計6軒を送った。幸いにも、海外の一軒を除いて全て掲載をいただいたが、その際編集部の方から、「伊藤さんの肩書きはどのようにしましょうか」との問い合わせがあった。ご丁寧に、食ライター、フードジャーナリストなど・・・と、例もあげてくださった。

ぼくの肩書きは、基本的にはイベントプロデューサーである。が、名前は伊藤章良じゃないし、食のイベントを手掛けているわけではないので、何の説得力も持たず、この特集上では意味不明。

いっぽう、一般的に理解されているかどうかは分からなものの、出版の世界では、ライターという職業は、その役割や業界内での立ち位置が確立されていて、別の本業を持ちながら自分自身をライターと名乗るのは、ライターを生業とされている方に失礼だと考えている。また、何度かライターとしての仕事を頼まれ、断りきれずに引き受けたけど、編集長と悉く意見が合わず(声をかけてくださった編集者にも申し訳なく)、こと食に関しては、自分が他人の意向に合わせて文章を作ることに不向きだというのがよく分かった。
しかもライターという表現は、和製英語ゆえ外国人に理解してもらいにくいことも気がかりだ。

ではジャーナリストか、というと、ほとんど取材をせず思ったことを勝手に文章にしているだけなので、恥ずかしくてジャーナリストとは名乗れない。と、このように書くと語弊があるけど、ぼくは単なる食べ手としての立場でレストランや食全体を眺めての想いを書きたい一方通行者。(もちろん分かってしまう場合も多いが)キッチンの舞台裏やバックでの人間相関図などにはあまり興味がないのだ。

さて、困ったなあ・・・。
そこで、文章を書く立場の方の肩書きを調べてみた。文筆業とか記述家とか様々に見つかったが、いずれもピンと来ず、やはり随筆家かなあ、と思うに至った。ただ、やみくもに随筆が書けるわけでも、バックボーンも浅いので、より具体的に(というかフィールドを明確にするべく)食という言葉を頭につけて「食随筆家」としてみた。いまさらカタカナ職業をカッコイイと思う年齢ではなく、漢字の重みに少しだけ安堵した。

あまり深く考える時間も余裕もなく送ってしまったが、フードジャーナリストみたいな長いタイトルではなかったゆえか、限られた文字数のスペースには最適だったのか、たくさん推薦店を掲載していただくことができた。

ちなみに、他で食随筆家を名乗っている方がおられるかなと検索すると、浪速割烹「喜川」の創始者であり、現在はご子息に代を譲られている上野修三氏のみヒットした。

直接お話をさせていただいたことは未だないけど、大阪にスピリットを置く自分にとって和食の心の師匠であり、最も尊敬する料理人の一人でもある上野修三氏の胸を借りようと密かに誓った。

ということで、2012年より、食随筆家 伊藤章良をよろしくお願いします。

スイスで買った時計

5年以上も前になるが、年に4回ジュネーブに行くという過酷な仕事があった。

クライアント側が、むちゃくちゃな会場の予約を勝手にしているのに、運営を全てこちら側に押し付けてくるという矛盾の連続(例えば、キャパが300名のスペースしか予約していないにもかかわらず、そこで400名のパーティをしたい、とかね)。毎日毎日声がかれるほど会場との交渉に明け暮れ、白人の文句もイヤというほど聞いた。

自分では天地がひっくり返るほどのムリをクリアしたと自負するも、後味の悪い終わり方で仕事が次につながることもなかった。よかったのはマイルが貯まったことぐらいか。

その仕事が終わった時、せめてもの自分へのご褒美と思ってジュネーブで腕時計を買った(といっても、パテックフィリップとか、そんな高額なものは買う勇気もなく、単なるクオーツです)。

黒い文字盤のシンプルなスイスらしい時計は、その後ずっとお気に入りで、時計バンドも三回も交換するほどぼくの腕にフィットしていたが、先日その時計の針が突然動かなくなった。

電池交換をしたばかりだというのに、もぅ電池がなくなったのかとヨドバシカメラの交換コーナーに出すと、電池の摩耗ではなく故障している、という。

えっ。そうか、もうあのイベントからそんなに月日がたったのか。
前回の電池交換の際に時計バンドも替えたので、未だ真新しく見えるその時計が12時を少し過ぎたところで止まっている。

もう寿命とあきらめるか、それとも修理して新たな息吹きを投入するか。判断がつかず机の引き出しに入れっぱなしとなっていたものの、苦労した思い出の品だし修理の見積りだけでもしてみるか。と、たまたま仕事場の近所に見つけた時計修理の看板を目指した。

その際、もし修理代が5000円以下なら修理する。それ以上なら諦める。と心に決めた。

いかにも時計修理が一生の仕事と言った風情の初老の男性が、いろいろとその時計を見つつ裏へと引っ込み、しばらくして出てきて一言、「修理代は5000円ですね」。

ぼくは思わず「ええっ」と、少し大きな声を出したら、オジサンはすまなそうな顔をしてぼくを見る。修理代が高いので声を上げたのではなく自分が5000円を基準に決めて店に入ったのに、その金額をそのままズバッと言われたことに驚いたのである。

そして、5000円を基準にしたことに、じわじわと後悔の念が湧きあがる。
なにゆえ5000円なのか。もしかすると、自分の風体から5000円までなら修理に出すよと見透かされたのか。それとも、マーケテイング的にも、5000円を修理代の上限としてマニュアル化されてるんじゃないか等々、さまざまに疑念も浮かび上がる。

でも、どう考えても修理一筋のオトウサンにそこまでの知恵が回るとも思えず、この街でずっと昔から営んでいるような時計屋さんにまで、そんなマニュアルが出回るとも考えにくい。

そして最終的には、素直に「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。

ただ、今でも当初のハードルを4000円に設定していたら、4000円への値切り交渉の末1000円得したのだろうか、とかうつらうつらと考える。