2010年01月27日の記事 (1/1)

美かさ(宮崎台)

大阪から東京に出てきて、すでに20数年以上経つので、ハルカカナタの話かもしれないが、未だに、大阪と東京との食べ物の違いを聞かれる。

そしてその際、必ずうどんのダシがショックだったでしょ、と言われるのが定番。
でもね。ぼくは全くそうは思わない。細かい場所の特定はしんどいけど、おおざっぱに西のうどんダシと東のそばダシは異質の食べ物、極論すればラーメンとそばぐらい違うものと最初から結論づければ、まったく違和感を覚えることはないし、それぞれの特徴が生かされた美味しい食べ方をすればいいだけの話。特に麺に塩分が多く含まれるうどんに塩気の強いダシで食べる必要はない。

ぼくが極端に違うなあと感じたのは、まず鮨、天ぷら、そして鰻。
鮨は東京でうまい鮨を食べるようになってから西の鮨はほとんど口にしなくなった。ただ、最近たまに西で鮨を食べることもある。いわゆるノスタルジー的な口寂しさからか。もともと酢飯に旨みを含ませるのでそれだけゴハン度が強くなるし、誤解を恐れず言えば、どの魚もコブ〆めのような感覚。

天ふらを飛ばして、鰻。これは今でも西の焼き方のほうが好きである。東のほうがサカナとしての鰻が感じられるので、より鮮度や品質、さらには価値(笑)も分かるゆえ、本質は東なのかもしれない。が、ぼくは、西の皮が焦げた香ばしさに蒲焼の喜びを知るし、鰻丼としてなら、より身と皮とご飯の一体感が味わえる。

で、天ぷらはとうだろう。もしかしたら一番東と西の差はないのかもしれないけど、今の東京にハヤリの先端があるような気がする。
究極のレア追求だ。当然ながらレアな状態に揚げる方が大変である。温度、時間、衣の量、そして魚介の個体差もつかんで仕事をしなければならない。でも、それらがカチッとはまると、魚介や野菜が内に秘める甘み、これを引き出すのに一番の調理法ではないだろうかと推測する。

田園都市線宮崎台にある「美かさ」で、ぼくはそのギリギリのレアを味わった。今までぼくの中では、十番の「よこ田」が最右翼と確信していたが、大きく揺らいだ。特に「美かさ」のご主人は、20年間今の場所にて孤高の営業を続け、他流試合を試みながらもお一人で自分の天ぷらを開発し続けた。

あの場所では、舌の肥えた可処分所得の高い客の確保も難しいかもしれないが、コレクターの悪態やピント外れの評価に悩まされることはなかっただろう。

うーん、最初から飛ばしすぎや。この辺でおいとこ。