2010年11月の記事 (2/3)

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英語が使えるようになりたい

1990年代の始めのころ、ぼくは毎年アメリカ本土に渡り、クルマで一人旅をしていた。

何気なくアメリカ在住の友人のクルマを運転したことがキッカケで、アメリカでドライブという魅力にとりつかれ、全州をクルマで走破してみようとの計画を立てた。テキサス州のダラスからニューメキシコ州のサンタフェまで一日で走ったり、ソルトレークシティからデンバーまでとか(これは、あまりにも計画が無謀なことに気づき、途中でモーテルに泊ったが・・・)。グランドキャニオンには4度も行ったし、先ごろ有名になったアリゾナ州辺りに点在するパワースポットにも各所に顔を出している。

大学受験生レベルの、全くコミュニケーションのとれない英語力しか持ち得なかったゆえ、都会をぶらぶらするよりも一人で快走していることの方が気楽だったのかもしれない。

そんなアメリカドライブの最初の挑戦は、サンフランシスコからロサンゼルスまで。ほぼずっと太平洋の海岸沿いを走る「バシフィックコーストハイウェイ」と呼ばれる風光明媚な道を走ること。途中、クリントイーストウッドが町長を務めたというカーメルやサンルイオビスポという町に2泊し、かなりゆったり目の日程だったが、最終目的地サンタモニカに着いたときには、本当にクタクタ。それと、なれない土地、なれない運転での緊張から開放された反動で、強烈に寂しく孤独感にさいなまれていた。

晩ごはんにしようと、サンタモニカの賑やかなショッピングストリートを歩くも、一度押し寄せた孤独感はひどく重くのしかかり、とてもつらく、強烈に楽しくなくなってきた。どこか、日本語できちんとコミュニケーションがとれる和食の店や鮨屋に入ろうかと思うも、なかなか見つからず、とぼとぼと歩き続けた。

だんだんと人通りも少なくなり、結局「引き返すか」と戻ろうとした、その時。今まで歩いてきたショッピングストリートから少し脇に入った一角で、めちゃめちゃ賑わっている店があった。通りまで人があふれ出し、嬌声は遠くまで響き渡っている。

よおし。
なんだかこのモヤモヤした気持ちを断ち切りたく、財布の中身を確認しつつ、いっちょココに入ったるか! と、度胸を決めた。周りの状況や店のメニュー等は全く確認せず(確認すると怖気づきそうで)、つかつかと店の中に進んだ。
すると、、、ランニングシャツにホットパンツ、強烈なボインで金髪のお姉さんが、凄い勢いでローラースケートに乗ってやってきた。

「なんちゅうとこや、ここは・・・」と思ったが、もう遅い。彼女は、早口でベラベラベラと何か言い、カウンタの一角へとぼくの手を取って誘導した。

その店はなんと、2010年の10月ついに東京にも上陸したスポーツバーの「Hooters」だった。
とにかくビールと、隣りの人が食べていておいしそうな鶏の唐揚げ(後にチキンウイングと知る)を指差して、ボインのお姉さんに注文した。

楽しかった・・・。ハリウッド映画の中に自分がいるようだった。
店の中ではずっと、ボインで金髪のお姉さんを眺めているだけだったけど、運転の疲れも孤独感もすっかり忘れてしまった。彼女たちは、なにゆえ、あんなに明るくて快活でフレンドリーなのか(まあ、当時はチップの仕組みもよく分かっていなかったけど)。そして客も皆、どうしてあんなにもウレシそうにおしゃべりをしているのか。

残念ながら字幕スーパーはなかったけど、英語という言語の圧倒的なパワーとコミュニカティプな魅力に、震えが来そうだった。

よおし。
いつかきっと、こんな中に入っても物怖じしないぐらいに英語が使えるようになってやる。スッカリ乾いてしまったビールグラスにふと気づいて、ようやく「Check Please」という言葉を搾り出したぼくは、そう心に誓っていた。

アレから20年か・・・。
さ、東京の「フーターズ」。いつ行くかな。
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