2011年10月14日の記事 (1/1)

スイスで買った時計

5年以上も前になるが、年に4回ジュネーブに行くという過酷な仕事があった。

クライアント側が、むちゃくちゃな会場の予約を勝手にしているのに、運営を全てこちら側に押し付けてくるという矛盾の連続(例えば、キャパが300名のスペースしか予約していないにもかかわらず、そこで400名のパーティをしたい、とかね)。毎日毎日声がかれるほど会場との交渉に明け暮れ、白人の文句もイヤというほど聞いた。

自分では天地がひっくり返るほどのムリをクリアしたと自負するも、後味の悪い終わり方で仕事が次につながることもなかった。よかったのはマイルが貯まったことぐらいか。

その仕事が終わった時、せめてもの自分へのご褒美と思ってジュネーブで腕時計を買った(といっても、パテックフィリップとか、そんな高額なものは買う勇気もなく、単なるクオーツです)。

黒い文字盤のシンプルなスイスらしい時計は、その後ずっとお気に入りで、時計バンドも三回も交換するほどぼくの腕にフィットしていたが、先日その時計の針が突然動かなくなった。

電池交換をしたばかりだというのに、もぅ電池がなくなったのかとヨドバシカメラの交換コーナーに出すと、電池の摩耗ではなく故障している、という。

えっ。そうか、もうあのイベントからそんなに月日がたったのか。
前回の電池交換の際に時計バンドも替えたので、未だ真新しく見えるその時計が12時を少し過ぎたところで止まっている。

もう寿命とあきらめるか、それとも修理して新たな息吹きを投入するか。判断がつかず机の引き出しに入れっぱなしとなっていたものの、苦労した思い出の品だし修理の見積りだけでもしてみるか。と、たまたま仕事場の近所に見つけた時計修理の看板を目指した。

その際、もし修理代が5000円以下なら修理する。それ以上なら諦める。と心に決めた。

いかにも時計修理が一生の仕事と言った風情の初老の男性が、いろいろとその時計を見つつ裏へと引っ込み、しばらくして出てきて一言、「修理代は5000円ですね」。

ぼくは思わず「ええっ」と、少し大きな声を出したら、オジサンはすまなそうな顔をしてぼくを見る。修理代が高いので声を上げたのではなく自分が5000円を基準に決めて店に入ったのに、その金額をそのままズバッと言われたことに驚いたのである。

そして、5000円を基準にしたことに、じわじわと後悔の念が湧きあがる。
なにゆえ5000円なのか。もしかすると、自分の風体から5000円までなら修理に出すよと見透かされたのか。それとも、マーケテイング的にも、5000円を修理代の上限としてマニュアル化されてるんじゃないか等々、さまざまに疑念も浮かび上がる。

でも、どう考えても修理一筋のオトウサンにそこまでの知恵が回るとも思えず、この街でずっと昔から営んでいるような時計屋さんにまで、そんなマニュアルが出回るとも考えにくい。

そして最終的には、素直に「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。

ただ、今でも当初のハードルを4000円に設定していたら、4000円への値切り交渉の末1000円得したのだろうか、とかうつらうつらと考える。