もし過去に戻れるとしたら

ときどき、もし人生に巻き戻しができたら、みたいなテレビの企画とかあるよね。
それをテーマにした映画も、何本も制作されている。
ぼくは、今までの人生にまったく不満や後悔はない。うまいもの食って、
それがきっかけで本も出せてテレビにも出て(笑、
この上なく楽しい。

でも、もし巻き戻せるとするなら、一時点だけ戻ってみたい瞬間がある。
それは高校一年の冬だ。
ぼくはそのとき、北海道旭川市の進学校に在籍していたが、父親の転勤で徳島に引っ越しすることが決まっていて、その年の四月、徳島の高校に転校した。高校二年から編入という形だ。
すごく荒れた高校で、卒業するまでの二年間、ずっとヤンキーから日々逃げまわってる悲惨な高校生活だった。
今でも、徳島の高校時代の人間とは一人も交流がない。
あの時。父の転勤がなく転校をしていなかったらどうなってたかなあと、それだけは時々考える。
実は、もし転校をしていなかったらミュージシャンを目指していたのではないかと思うからだ。

今、高校の芸術科目をどのように選択するのかよく知らないが、自分たちの時代は、美術や音楽等を
自分の意志で選択することができ、ぼくは音楽を選んでいた。
当時高校一年の音楽の先生は、秋田出身の色白の女性。黒髪のおかっぱ頭(今でいう、廣瀬すず風)で、
高校の先生というのにいつもタイトなミニスカート姿。セクシーというよりは、
ものすごいカッコいい先生で、毎回毎回音楽の授業が楽しみでしょうがなかった。
そして、その先生は、当時全国大会を狙えるレベルの吹奏楽部顧問をしていた。

授業も奇想天外だったが、テストも個性的。
「あなたの音楽表現、なんでもいいよ。みんなの前で発表して」というのだ。
ぼくは考えた挙句、アコギ一本を教室に持ち込み、
レッドツェッペリンの「天国への階段」を歌い演奏した。
AメロBメロは、十分アコースティックギターで対応できるんだけど、
サビに入るところからエレキギターのソロが来て、カッティングもエレキになる。
その辺は適当にアレンジして、最後までアコギ一本で演奏した。

つか、今から思えば、そんなことができたんだなあと感慨深い。

くだんのミニスカート先生、そしてクラスのみんなも、それなりに驚いた。
というか先生は相当驚いていた。
伊藤君って、なにか楽器を習ったり勉強してきたの、と聞く。

いや、幼稚園のころにヤマハの音楽教室に行ってたぐらいです(笑。

あなたには音楽の才能があるわ。
私が指導している吹奏楽部に入って、なにか弦楽器をやってくれない? 
エレキの弦楽器を吹奏楽に導入して、よりモダンでジャズっぽい演奏を作りたいのよ。

記憶はあやふやだが、確かミニスカ先生は、授業中にみんなの前で
それを言ったように覚えている。
ものすごく、ものすごくやりたかった。
特に自分たちで組んでいたバンドではベースを担当していたので、
吹奏楽でベースを弾いてみたかった。

でも、まじめな高校生時の自分は、
実は三月で旭川を去り、徳島に転校するんです。と、
即座に答えた。

そうなの、惜しいわねえ・・・。
徳島に行っても音楽を続けてね。

食べることと同じぐらい好きな音楽。それは今も変わらない。
食べることを介して、いろいろな方々と知り合い、世界中を旅して、
今までも、たぶんこれからも、こんなに楽しいことはない。

でも一瞬、もしあそこで転校せずに吹奏楽部でベースを弾いていたら、
きっとそのまま続けて、音楽の道に進んでいたかもなあと、夢想するのである。