元カノの姉

先日、実に20年ぶりに旧知の女性と会って食事をした。
初めて出会ったのはぼくが大学生のころ。彼女は、親友の元カノのお姉さんでぼくと同い年。親友とその妹が付き合っていたころは、「お姉ちゃん」と、まるで若乃花が「お兄ちゃん」と言われるのと同様に、そう呼んでいた。

彼女は東京在住の男性と遠距離恋愛の末結婚。ぼくより一足先に東京を基盤に仕事や生活を始めたので、ぼくが東京に出たとき、飲み&仕事に繋がりそうな友達を何人か紹介してくれた。PCで金魚が飼えるソフト「AQUA ZONE」を開発。その後、日赤通りにロックバー「08:30」を作った大砂美保もその一人であった。

その後彼女は妊娠~出産して主婦業に専念。そして、かれこれ20年近い月日が経った。

多くの利発な女性はきっとそうだろうと想像するが、主婦業に専念して誠心誠意育てた子供はやがて成人し、そこで自分が新たに得た時間をどう使うかと考える。もちろん、ともに子育てで協力し合った亭主との第二楽章をスタートさせるか、子供が成長していく過程で徐々に気持ちが離れ、将来展望にも乖離が生まれたオトコを見限って、新たな人生に踏み出すか。

彼女は後者を選び、そして気持ちの切替のために旧友にも会ってみようかと、そんな意欲も生まれたようだ。
彼女は初めて出会ったころと同様に聡明で、穏かに人を包み込むようなしゃべり方も変わらなかった。
彼女は「むかし、いとうくんに連れて行ってもらったバーのマスターが、私の大阪弁はすごいええなあって、言ってくれたん覚えてるで」と、うれしそうに語った。

そう、今ぼくの回りで、そしておそらくこれからも、ぼくのことを「いとうくん」と呼ぶ女性は、彼女と彼女の妹しか存在しないような気がする。ま、同窓会ても出れば別だろうけど。

多くの人は、あっという間に時間は縮まって出会ったころに戻れるんだよねと言う。もちろんその通りで、一気にフランクな間柄になりバカ話に花が咲く。でも、バカ話だけをして笑い転げて終わるような関係は、単にそれだけなんだよね。昔を語りつつも、今のこの瞬間のお互いをリスペクトできて、相手の生き方がステキと思えなければ、結局単なる美しい記憶の反復にしかならないように思う。

そして彼女はイマも輝いていた。主婦業に専念する前のキャリアを使うには古過ぎるが、それをイマでも活用できるよう独学で勉強。独り立ちするために中堅会社の総務部に就職し、会社のIT化や事業改革に奔走しているという。もちろん若かりしころのやんちゃネタにも腹を抱えたが、彼女のイマを聞いている方が、ぼくにはずっと面白く楽しかった。

そして。
「わたしはな、この歳でも時々コクられたりするねんで。独身やねんし、ええやんなあ」と、照れくさそうに笑った。。