イチローと斉須政雄シェフ

イチローが10年連続200本安打という偉業を達成して、先週末のニュースバラエティでは各局で特集を組んでいた。

多くの人が語るイチローの凄さとは、毎日のルーティンを絶対に変えないこと。同じ時間に起きて、同じ時間にカレーライスを食べ、同じ時間からストレッチや素振りを始める・・・。
それを10年以上も続けるのは、とてつもなく大変なことで、その努力こそが今日の結果を生んでいる。

そんなイチロールーティンの凄さをテレビで確認しながら、ぼくはあることを思い出していた。

もう10年以上も前になるだろうか。ぼくは三田にあるフランス料理店「コート・ドール」のオーナーシェフ斉須政雄ご夫妻と新潟で食事をするという機会にめぐまれたことがあった。「コート・ドール」のソワニエである新潟在住の友人が、斉須夫妻を地元のレストランに招待し、その席にぼくも呼んでいただいたのだった。

斉須さんは、当時からもちろん日本を代表するフランス料理の料理人だったが、著書や料理からにじみ出る実直そのもののお人柄。また、シェフ自ら頭が上がらないと語る奥様は、明るく快活な女性で、ずっとそんなシェフを支えてこられたんだなあと、眩しく感じていた。

その時どんなものを食べたのか、すでにほとんど記憶にはないが、地元レストランの店主が、「本日召し上がっていただく新潟の小鴨です」と、まだ羽がむしられる前の小鴨をテーブルまで持ってきたとき、斉須シェフはそれを両手に載せ、優しいまなざしで、しばらくじっとその小鴨を見つめておられた表情が印象的だった。

そして、その時どんなお話をしたのか。それも記憶が定かではないが、ひとつだけ今でも鮮明に覚えていることがある。

ぼくはね、同じ時間に起きて、同じ路を通って店に行き、いつも同じ手順で準備を始める。そうやって常に自分の毎日の流れを崩さないように邪念が入らないようにし、調理にのみ集中できる環境を作るんだ。だからぼくは、マスコミの取材も受けないしテレビにも出ない。そういったイレギュラーなことが入ると、心が乱れて調理に影響するような気がするからね。

ずっと最高レベルの料理を作り続けるため、自分のルーティンを変えない。まさに10年連続200本安打のイチローと重なりあった。

今でも斉須政雄さんがそのような生活を続けておられるのかどうか、それは確信がない。ただ、「コート・ドール」というレストランが普遍的に輝いていることを想えば、きっと今でもルーティンを変えることなく料理に対峙されていることだろう。
加えて、斉須政雄シェフがイチローよりもっとすごいのは、イチローの場合、ルーティンを守るのはシーズン中だけである。いっぽう斉須政雄シェフはずっと毎日なのである。

そういえばバブル絶頂期、東京中のすべてのレストランがクリスマスイブの夜を2回転、3回転させていたにもかかわらず、「コート・ドール」だけは、頑なに一日一回転の客しか取っていなかったことを思い出した。