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全日空のスチュワーデス

80年代の終わりから90年代の初めにかけて、ときおり食事をご一緒させていただいたスチュワーデスの女性がいた。今でこそ客室乗務員、キャビンアテンダントと称するが、当時はそんな言い方も確かなかったはず。あえてスチュワーデスと表現したい。

それこそ、80年代後半に東京のレストランシーンをけん引していた「アルポルト」「クイーンアリス」といった最先端のレストランに足を運んだ。彼女(検索すれば結局分かるんだけど、Aさんとしよう)は、ぼくより少し年上。明るくて快活で頭の回転が早い、いかにも接客業に向いているステキな方。
そしてAさんと知り合ったのは友人の結婚式。ぼくがまだ大阪に住んでいたころ、ANAのスチュワーデスと結婚した友人の披露宴司会をぽくが務め、Aさんは新婦の先輩として出席していたことが縁だった。ま、典型的な出会いパターンかな。

その後、Aさんは全日空国際線の初代客室乗務員に選抜され東京へ異動。ぼくも少しく遅れて東京に居を移し、ほとんど女性の友人がいなかったぼくにとって、Aさんの存在はとても大切だった。

と、こういう風に描くと、ステキなスッチーとのあわーい思い出話が始まったかぁ、ということになるのだが、話は「その後」に極めて盛り上がる。

その後、Aさんの再度の大阪異動がキッカケで疎遠になり、交流は年賀状のやりとり程度。いつもブルーブラック太字の万年筆による達筆なお便りがAさんらしく楽しみにしていたが、何度か東京勤務大阪勤務と繰り返されている間に音信不通となってしまった。

そんなAさんとのご縁もあり、ぼくはずっと全日空(スターアライアンス)のヘビーユーザー。国際線搭乗のみでスーパーフライヤーズ(スターアライアンスゴールド)の資格を得たが、ANAを利用した際には、時折「Aさんってご存知?」と、客室乗務員の方に振ってみたこともある。すると、「私どもの先生です」とか「大変お偉い方です」みたいな、それはぼくにとって不思議な回答だった。

というのも、何度か食事をしていた当時の彼女は、結婚して早く母親になりたい、みたいなことを言っていた記憶があり、会社に残って(というか空を飛んで)バリバリと働いている姿はあまり想像できずにいたからである。


ところが、ひょんなことで、最近そのAさんの消息を知ることになる。
しかも、まさに鳥肌が立つような驚きとともに。

なんと、Aさんは現在、5000人を超える全日空客室乗務員の文字通り最高責任者、つまり全日本空輸上席執行役員 客室本部長になっておられたのである。全日空では二人目の女性役員、だそうだ。

ぼくの友人の嫁さんに対してもそうなんだけど、Aさんはとても面倒見のいい姉御肌のタイプ。現在ご結婚されているのかどうかは存じ上げないながら、子供がほしいほしいと言っておられたAさんは、ANAの客室乗務員すべてを育てる立場になっておられた。すごいよなあ・・・。


さて、先日シンガポールの出張でANAの深夜便(0時30分発)を利用した。成田に着いてそのまま羽田から国内線へと乗り継ぐ必要があったので、ふとその乗り継ぎ時間が心配になり、薄暗い通路に通りかかった客室乗務員の方に「成田エクスプレスの時刻表をお持ちではないですか」と尋ねた。彼女は「少々お待ちください」とぼくのそばを離れ、しばらくして分厚い時刻表を携えてきた。時刻表で調べるとちょうどいい時間帯に成田エクスプレスが走っており安堵。そのまま通りかったCAの方に返却した。

シンガポールからの飛行機は朝の成田に到着。眠い目をこすりながらも、乗り継ぎがあるのでボヤボヤしてられないよーと、出口に急ぐと、そこで立って見送りをされているCAの一人に、「成田エクスプレスのお時間は大丈夫でしたか」と声をかけれらた。

消灯された機内、ぼくはどの方からお借りしどの方にお返ししたのか全く認識できずにいた。そんな状態ながら、一人の客の心配事に気づかう厚いホスピタリティ。何百との乗客に対応しながらも個に刺さるサービス。

きっとここにもAさんの思想が生きてるんだなあと、頭を垂れながら全日空機を後にしたのだった。

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