生業の記事 (2/3)

スイスで買った時計

5年以上も前になるが、年に4回ジュネーブに行くという過酷な仕事があった。

クライアント側が、むちゃくちゃな会場の予約を勝手にしているのに、運営を全てこちら側に押し付けてくるという矛盾の連続(例えば、キャパが300名のスペースしか予約していないにもかかわらず、そこで400名のパーティをしたい、とかね)。毎日毎日声がかれるほど会場との交渉に明け暮れ、白人の文句もイヤというほど聞いた。

自分では天地がひっくり返るほどのムリをクリアしたと自負するも、後味の悪い終わり方で仕事が次につながることもなかった。よかったのはマイルが貯まったことぐらいか。

その仕事が終わった時、せめてもの自分へのご褒美と思ってジュネーブで腕時計を買った(といっても、パテックフィリップとか、そんな高額なものは買う勇気もなく、単なるクオーツです)。

黒い文字盤のシンプルなスイスらしい時計は、その後ずっとお気に入りで、時計バンドも三回も交換するほどぼくの腕にフィットしていたが、先日その時計の針が突然動かなくなった。

電池交換をしたばかりだというのに、もぅ電池がなくなったのかとヨドバシカメラの交換コーナーに出すと、電池の摩耗ではなく故障している、という。

えっ。そうか、もうあのイベントからそんなに月日がたったのか。
前回の電池交換の際に時計バンドも替えたので、未だ真新しく見えるその時計が12時を少し過ぎたところで止まっている。

もう寿命とあきらめるか、それとも修理して新たな息吹きを投入するか。判断がつかず机の引き出しに入れっぱなしとなっていたものの、苦労した思い出の品だし修理の見積りだけでもしてみるか。と、たまたま仕事場の近所に見つけた時計修理の看板を目指した。

その際、もし修理代が5000円以下なら修理する。それ以上なら諦める。と心に決めた。

いかにも時計修理が一生の仕事と言った風情の初老の男性が、いろいろとその時計を見つつ裏へと引っ込み、しばらくして出てきて一言、「修理代は5000円ですね」。

ぼくは思わず「ええっ」と、少し大きな声を出したら、オジサンはすまなそうな顔をしてぼくを見る。修理代が高いので声を上げたのではなく自分が5000円を基準に決めて店に入ったのに、その金額をそのままズバッと言われたことに驚いたのである。

そして、5000円を基準にしたことに、じわじわと後悔の念が湧きあがる。
なにゆえ5000円なのか。もしかすると、自分の風体から5000円までなら修理に出すよと見透かされたのか。それとも、マーケテイング的にも、5000円を修理代の上限としてマニュアル化されてるんじゃないか等々、さまざまに疑念も浮かび上がる。

でも、どう考えても修理一筋のオトウサンにそこまでの知恵が回るとも思えず、この街でずっと昔から営んでいるような時計屋さんにまで、そんなマニュアルが出回るとも考えにくい。

そして最終的には、素直に「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。

ただ、今でも当初のハードルを4000円に設定していたら、4000円への値切り交渉の末1000円得したのだろうか、とかうつらうつらと考える。

格闘家「魔裟斗」の言葉

先日、仕事の関係で、魔裟斗という、日本人初のK-1 WORLD MAX世界王者にして、2009年12月31日に引退した格闘家のトークショーを見る機会があった。

イベントの企画・運営を生業にしていると、およそ「興行」というものには構成や台本があって、できるだけそれに沿って進行しないと運営が成り立たないのは自明の理である。広い意味での格闘技も、興行である以上、少なからずそういった構成や台本はあるはずだ。唯一ボクシングにはないと言われているが、昨今の亀田兄弟の試合を見ていると、果たしてそうかなあという気もする・・・根拠はありませんが。

ただ、総合格闘技と称される分野(といっても、あまり詳しくありません)では、そういった「台本的」なつまらなさを払拭し、できるだけリアリティのある対戦を企画・構成しているところが、改めて「興行のプロ」の仕業っぽく、ぼくには見えてしまう。

そんな格闘家の中で魔裟斗は、ルックスもよくて華があり、高い人気を誇ることは知っていた。雅人という本名に魔裟斗との漢字を当てるセンスには「?」なのだが、クラスは異なるとしても、佐竹~武蔵と違って「勝つ」ことのできるファイターは魅力的。まだまだ戦える年齢で引退をされてしまって、「興行のプロ」もさぞかし失望しただろう。

過去のKOシーンを大画面映像で織り交ぜての進行で、トークだけではもたないという判断もあったと拝察するが、その魔裟斗氏の、あまりにもオーソドックスで実直な話がすばらしく、外見や経歴とのギャップを感じて、聞き入ってしまった。というか、逆にKOシーンの映像等は不要で、もっと彼の言葉を聞きたいなあと思ったぐらいなのだ。

トークショースタート当初こそ、「自分はいつでもフェラーリに乗れるけど今はベンツに乗っている」と、成功した元格闘家らしい皮切りだったが、進行MCのどうしてチャンピオンになれたと思うかとの質問に対し、日々の地道なトレーニングを「継続」することができたから、と答え、会場からの質問コーナーで、夫婦円満の秘訣は、と問われたことに対し、即座に「浮気をしないこと!」と返した。

「継続」と「浮気をしない」。
月一でしか更新できていないこのブログ上で、いまさら改めて書くことも恥ずかしいけど、それでも、そんな気持ちです。

本を出版しました

もうすでにご存知の方も多いかと思いますが、12月8日 ぼくの本が発売となりました。「東京百年レストラン~大人が幸せになれる店」というタイトルです。

多少仰々しいタイトルになりましたが、ぼくが常に変えないで訴え続けているスタンス、「一軒のレストランが、同じ場所で、どれだけ長い時間営業を続けることができるか」に、基づいて名づけてみました。

そして百年後も、「そのレストランが、その同じ場所で、変わらず営業を続けていればいいなあ」との想いを込めて紹介しています。

昨日は、さとなおさんから大変すばらしい書評をいただいたこともあり、アマゾン本の総合ランキングで100位以内に入ったと聞きました。もちろんさとなおさんの説得力のある文章に惹かれてポチッとクリックしていただけたんだと思います。でも、久しぶりに伊藤章良の書いたものをじっくり読んでみようか、とのお気持ちでご購入いただいた方も多数おられるかと存じます。

本当にありがとうございました。
本当にウレシイです。



さて、本来のグルメ本とは、一軒でも多くの店を、一軒一軒できる限りキャッチーに表現する、というのが鉄則で、あまたの本はそれに準じてきたと思う。ところが、今回ぼくが上梓した「東京百年レストラン」は、百年というタイトルを掲げながら、38店の紹介に絞り、予算や営業時間の表記もなく、地図も入れていない。

また、ぼくの本と同じ時期に書店に並んでいる「BEST of 東京いい店うまい店」が顕著だが、一軒のレストラン紹介に要する文字数は激減。また「ミシュランガイド」に代表されるように、文章表現の中身もチープになり、カタログ化・辞書化していく傾向の中、ぼくの本では、一軒の店の紹介に2500字~3000字を費やしている。おそらく、グルメ本史上、一店の紹介文が最も長い本の部類に入るのではないだろうか、とも予想する。

こんな、果たして結果(売上)に結びつくのだろうかと思い悩み不安になるような企画を了解し、本にしてくださった出版社を「梧桐書院(ごとうしょいん)」という。ぼくもビジネスマンだし、仕事である以上利益を出さなければならないビジネスマインドは持っている。この企画の実現に際しては、まず梧桐書院に最大の御礼を申し上げたい。ありがとうございました。

また、なおざりに刷ってしまうのではなく、超一流の編集者、装丁家とがっちりとタッグを組み、文章の精度を上げるために、二度の校閲を通していただいた。編集者は、ぼくのウェブ癖がついた文体を「本」にふさわしいように徹底的に赤を入れ、実は40軒紹介文を書いた中の2軒を、あえてこの本にふさわしくないとの理由で外す、との英断を下した。装丁家は、ぼくの原稿に目を通し、ぼくがアプローチの素晴らしさを説いているレストランの外観を表紙に選び、まさにぼくの文章を具現化するようにデザインしてくれた。
天現寺にあるフランス料理店「レヴェランス」オーナー亀山和也氏を本で紹介しているが、躊躇せずにぼくは「かめやまかずや」とルビを振ったところ、校閲から「かめやまかずなり」さんではありませんか。とご指摘を受けた。

書く作業、そして校正はそれなりにしんどかったけど、本を著すことの楽しさ、すばらしさ、そして尊さを知ることができた。

ウェブ上でぼくを知ってくださった方に、ぼくの「本」がどのように届くのか。少し不安ではあるけど、徹底的に「本」にこだわった「本」ができたと思う。

右か左か

イベント屋を長くやっていて、いつも悩む、というか自分の物差しを持っていないとブレてしまうことがある。
社内のエライ人や来賓の席順・立ち位置を決めるとき、右側の方がエライのか、はたまた左側がよりVIPなのかという区別だ。

これは大変ややこしい。
おおざっはに言うと、日本古来では右側である。右に出るものはない、ということわざ通り、一番右がもっとも突出している。左大臣・右大臣というと左大臣の方がエライが、それは君主から見て右側は、君主を仰ぎ見る形での左側だから、という説もある。

いっぽう武士の世になってその位置は逆になる。刀は左側に差すので、右手で刀を抜いてそのまま切れる右側に位置するのが相手に忠誠を誓う気持ちの表れとして、左側の方が上と認識されたのである。

お雛様の場合も様々だ。よく関東と関西で異なると言われる。もともとお雛様は、お内裏様が向かって右側でお雛様は左側だった。ところが、昭和天皇が即位されたとき、立ち位置を西洋風に改め左右を逆にしたので、それにならって特に関東地方を中心にお内裏様とお雛様の並びが変わったそうだ。つまり、今の雛飾りは、昭和以降のトレンドで西洋風ということになる。

とまあ、ハッキリ言ってイベント屋としてはどっちでもいいのだ。ただ、現場の準備を遅らせないために、いつもそんな議論になった際には、どう思いますか?と、その場の決定権者に質してうまく回答を誘う。と、ほとんど全ての人は回答など持たないゆえ、「なんとなく右のような気がするなあ」とつぶやくものなら、そーですよね。右に出るものはいない、なんていいますからね。だって左側は左遷ですから。と合いの手をうち、その場で上座の議論を収束させてしまう。もちろん「左じゃないの」と言われた場合には、武士の例とか雛飾りの話を持ち出すことにしている。

さて、先日海老蔵と小林麻央の結婚披露宴を録画して興味深く見た。会場は、プリンスホテル系のザ・プリンスパークタワー東京。最近イメージが下がる一方のプリンスホテルが威信をかけてオープンしたフラッグシップで、やたらデカイ宴会場を並行して二つ備えている。もちろんぼくたちとっては「職場」でもある。

だた、ぼくの経験値的に言うと、残念ながら格式という点では東西の老舗系ホテルには及ばず、上記の披露宴のこどくホテルで式典をする際、どの位置が上座なのかといった認識がプリンス系のホテルマンには欠けている(いい意味で柔軟ともいえるけど)。たとえば、上座・下座について迷ったり、ホテル側の流儀とことなる運営をぼくがやろうとすると、ニューオータニや大阪のリーガロイヤルといったホテルなら、ホテルマンが走ってきて、「この立ち位置は違いますよ。なんなら私どもでご誘導をさせていただきます」とのアドバイスが返ってくる。

海老蔵披露宴に話を戻すと、開宴当初は、ホテル側の指示(というか、今の日本のホテルの慣習に従い)新郎の海老蔵が向かって左側、小林麻央は右に立って進行していた。上記でいう昭和天皇即位以来の並び順、いわゆる西洋風である。ところが披露宴の最後のお約束、両家が並んで挨拶をするシーンで、新郎と新婦の立ち位置が逆転していたのが、気になってしかたがなかった。

あれはなぜだったのだろう。成田屋の日本伝統文化へのこだわりか、それとも、ホテルの凡ミスか。








Hawaiiにて

ハワイ出張から戻った。
当然ながら「ハワイに仕事で出張っていいですね」と繰り返されるが、ハワイと日本はかなりの時差があり、ハワイ時間の午前2時3時まで日本からの電話が鳴り、現地では9時過ぎより炎天下での会場ロケハンと打合せ。滞在最終日は、イベントに使う備品を確保しに、一人レンタカーでオアフ島中のホームセンターやスーバーを巡った。食事もほとんどビジネスがらみだったが、それでも鉄板焼の「Tae's」とローストチキンの「Maui Mikes」には行った。この辺が精一杯か。

体力的にはヘトヘトになって日本に戻ったけど、つかの間といっても日本の梅雨から抜け出せたのは幸せと言えるかな。「涼しい」という言葉は、気温的に「丁度いい」とのニュアンスを持つが、「涼しい」とはハワイのためにある言葉のような気がした。日本では常夏の島と称され、特に芸能人は冬にハワイに行くが、冬はハワイ(オアフ島)は雨の多い時期で比較的湿気もある。ハワイに行くなら、日本の梅雨から真夏にかけて「避暑」で行くのが最適かと思う。

さて、ハワイネタではないんだけど、現地の人(つまりアメリカ在住という意味で)と飲んでいてへぇーと思った話をひとつ。日本でも今の海外ニュースというと盛んに報道されているのが、メキシコ湾沖で起こった原油流出事故。BP社という、エネルギー関連企業としては世界第3位のイギリスの会社が、連日アメリカのニュース番組で槍玉に挙げられているそうだ。いっぽう、アメリカ側も、強烈に非難し続けた結果、この会社に倒産されては流出による損害補償が受けられないので、その辺のアメリカ議会やマスコミの手加減具合も見所らしい。

ただ、BP社の事故おかげで一番得をしたのは、トヨタではないか、とハワイ在住の彼は言う。つまり原油流出事故が起こるまでは、連日ニュースでの非難の標的はトヨタだった。それが今やBP社へと矛先は全く方向転換されたわけだ。

BP社の社長の発言がまた物議をかもしている。豊田社長と同様アメリカ議会で謝罪や弁明をしたそうだが、その応対が相当ひどくて、トヨタの社長がいかに平謝りし真摯に答弁したかと、すばらしい例として比較されているんだと。