生業の記事 (2/3)

本を出版しました

もうすでにご存知の方も多いかと思いますが、12月8日 ぼくの本が発売となりました。「東京百年レストラン~大人が幸せになれる店」というタイトルです。

多少仰々しいタイトルになりましたが、ぼくが常に変えないで訴え続けているスタンス、「一軒のレストランが、同じ場所で、どれだけ長い時間営業を続けることができるか」に、基づいて名づけてみました。

そして百年後も、「そのレストランが、その同じ場所で、変わらず営業を続けていればいいなあ」との想いを込めて紹介しています。

昨日は、さとなおさんから大変すばらしい書評をいただいたこともあり、アマゾン本の総合ランキングで100位以内に入ったと聞きました。もちろんさとなおさんの説得力のある文章に惹かれてポチッとクリックしていただけたんだと思います。でも、久しぶりに伊藤章良の書いたものをじっくり読んでみようか、とのお気持ちでご購入いただいた方も多数おられるかと存じます。

本当にありがとうございました。
本当にウレシイです。



さて、本来のグルメ本とは、一軒でも多くの店を、一軒一軒できる限りキャッチーに表現する、というのが鉄則で、あまたの本はそれに準じてきたと思う。ところが、今回ぼくが上梓した「東京百年レストラン」は、百年というタイトルを掲げながら、38店の紹介に絞り、予算や営業時間の表記もなく、地図も入れていない。

また、ぼくの本と同じ時期に書店に並んでいる「BEST of 東京いい店うまい店」が顕著だが、一軒のレストラン紹介に要する文字数は激減。また「ミシュランガイド」に代表されるように、文章表現の中身もチープになり、カタログ化・辞書化していく傾向の中、ぼくの本では、一軒の店の紹介に2500字~3000字を費やしている。おそらく、グルメ本史上、一店の紹介文が最も長い本の部類に入るのではないだろうか、とも予想する。

こんな、果たして結果(売上)に結びつくのだろうかと思い悩み不安になるような企画を了解し、本にしてくださった出版社を「梧桐書院(ごとうしょいん)」という。ぼくもビジネスマンだし、仕事である以上利益を出さなければならないビジネスマインドは持っている。この企画の実現に際しては、まず梧桐書院に最大の御礼を申し上げたい。ありがとうございました。

また、なおざりに刷ってしまうのではなく、超一流の編集者、装丁家とがっちりとタッグを組み、文章の精度を上げるために、二度の校閲を通していただいた。編集者は、ぼくのウェブ癖がついた文体を「本」にふさわしいように徹底的に赤を入れ、実は40軒紹介文を書いた中の2軒を、あえてこの本にふさわしくないとの理由で外す、との英断を下した。装丁家は、ぼくの原稿に目を通し、ぼくがアプローチの素晴らしさを説いているレストランの外観を表紙に選び、まさにぼくの文章を具現化するようにデザインしてくれた。
天現寺にあるフランス料理店「レヴェランス」オーナー亀山和也氏を本で紹介しているが、躊躇せずにぼくは「かめやまかずや」とルビを振ったところ、校閲から「かめやまかずなり」さんではありませんか。とご指摘を受けた。

書く作業、そして校正はそれなりにしんどかったけど、本を著すことの楽しさ、すばらしさ、そして尊さを知ることができた。

ウェブ上でぼくを知ってくださった方に、ぼくの「本」がどのように届くのか。少し不安ではあるけど、徹底的に「本」にこだわった「本」ができたと思う。

右か左か

イベント屋を長くやっていて、いつも悩む、というか自分の物差しを持っていないとブレてしまうことがある。
社内のエライ人や来賓の席順・立ち位置を決めるとき、右側の方がエライのか、はたまた左側がよりVIPなのかという区別だ。

これは大変ややこしい。
おおざっはに言うと、日本古来では右側である。右に出るものはない、ということわざ通り、一番右がもっとも突出している。左大臣・右大臣というと左大臣の方がエライが、それは君主から見て右側は、君主を仰ぎ見る形での左側だから、という説もある。

いっぽう武士の世になってその位置は逆になる。刀は左側に差すので、右手で刀を抜いてそのまま切れる右側に位置するのが相手に忠誠を誓う気持ちの表れとして、左側の方が上と認識されたのである。

お雛様の場合も様々だ。よく関東と関西で異なると言われる。もともとお雛様は、お内裏様が向かって右側でお雛様は左側だった。ところが、昭和天皇が即位されたとき、立ち位置を西洋風に改め左右を逆にしたので、それにならって特に関東地方を中心にお内裏様とお雛様の並びが変わったそうだ。つまり、今の雛飾りは、昭和以降のトレンドで西洋風ということになる。

とまあ、ハッキリ言ってイベント屋としてはどっちでもいいのだ。ただ、現場の準備を遅らせないために、いつもそんな議論になった際には、どう思いますか?と、その場の決定権者に質してうまく回答を誘う。と、ほとんど全ての人は回答など持たないゆえ、「なんとなく右のような気がするなあ」とつぶやくものなら、そーですよね。右に出るものはいない、なんていいますからね。だって左側は左遷ですから。と合いの手をうち、その場で上座の議論を収束させてしまう。もちろん「左じゃないの」と言われた場合には、武士の例とか雛飾りの話を持ち出すことにしている。

さて、先日海老蔵と小林麻央の結婚披露宴を録画して興味深く見た。会場は、プリンスホテル系のザ・プリンスパークタワー東京。最近イメージが下がる一方のプリンスホテルが威信をかけてオープンしたフラッグシップで、やたらデカイ宴会場を並行して二つ備えている。もちろんぼくたちとっては「職場」でもある。

だた、ぼくの経験値的に言うと、残念ながら格式という点では東西の老舗系ホテルには及ばず、上記の披露宴のこどくホテルで式典をする際、どの位置が上座なのかといった認識がプリンス系のホテルマンには欠けている(いい意味で柔軟ともいえるけど)。たとえば、上座・下座について迷ったり、ホテル側の流儀とことなる運営をぼくがやろうとすると、ニューオータニや大阪のリーガロイヤルといったホテルなら、ホテルマンが走ってきて、「この立ち位置は違いますよ。なんなら私どもでご誘導をさせていただきます」とのアドバイスが返ってくる。

海老蔵披露宴に話を戻すと、開宴当初は、ホテル側の指示(というか、今の日本のホテルの慣習に従い)新郎の海老蔵が向かって左側、小林麻央は右に立って進行していた。上記でいう昭和天皇即位以来の並び順、いわゆる西洋風である。ところが披露宴の最後のお約束、両家が並んで挨拶をするシーンで、新郎と新婦の立ち位置が逆転していたのが、気になってしかたがなかった。

あれはなぜだったのだろう。成田屋の日本伝統文化へのこだわりか、それとも、ホテルの凡ミスか。








Hawaiiにて

ハワイ出張から戻った。
当然ながら「ハワイに仕事で出張っていいですね」と繰り返されるが、ハワイと日本はかなりの時差があり、ハワイ時間の午前2時3時まで日本からの電話が鳴り、現地では9時過ぎより炎天下での会場ロケハンと打合せ。滞在最終日は、イベントに使う備品を確保しに、一人レンタカーでオアフ島中のホームセンターやスーバーを巡った。食事もほとんどビジネスがらみだったが、それでも鉄板焼の「Tae's」とローストチキンの「Maui Mikes」には行った。この辺が精一杯か。

体力的にはヘトヘトになって日本に戻ったけど、つかの間といっても日本の梅雨から抜け出せたのは幸せと言えるかな。「涼しい」という言葉は、気温的に「丁度いい」とのニュアンスを持つが、「涼しい」とはハワイのためにある言葉のような気がした。日本では常夏の島と称され、特に芸能人は冬にハワイに行くが、冬はハワイ(オアフ島)は雨の多い時期で比較的湿気もある。ハワイに行くなら、日本の梅雨から真夏にかけて「避暑」で行くのが最適かと思う。

さて、ハワイネタではないんだけど、現地の人(つまりアメリカ在住という意味で)と飲んでいてへぇーと思った話をひとつ。日本でも今の海外ニュースというと盛んに報道されているのが、メキシコ湾沖で起こった原油流出事故。BP社という、エネルギー関連企業としては世界第3位のイギリスの会社が、連日アメリカのニュース番組で槍玉に挙げられているそうだ。いっぽう、アメリカ側も、強烈に非難し続けた結果、この会社に倒産されては流出による損害補償が受けられないので、その辺のアメリカ議会やマスコミの手加減具合も見所らしい。

ただ、BP社の事故おかげで一番得をしたのは、トヨタではないか、とハワイ在住の彼は言う。つまり原油流出事故が起こるまでは、連日ニュースでの非難の標的はトヨタだった。それが今やBP社へと矛先は全く方向転換されたわけだ。

BP社の社長の発言がまた物議をかもしている。豊田社長と同様アメリカ議会で謝罪や弁明をしたそうだが、その応対が相当ひどくて、トヨタの社長がいかに平謝りし真摯に答弁したかと、すばらしい例として比較されているんだと。

鳩山首相退陣に思う

鳩山首相が小沢幹事長を道連れに、現在の職を引く決意を演説で述べた。極めて完璧な原稿で、例えに上げた鳥の名前を間違えたといって同じところに戻って再び繰り返すという、まるでテープレコーダーの様な不自然さもあったが、小沢幹事長もご一緒に辞めてくださいと訴えた、とのくだりは迫力があったなあ。

道連れ退陣については、同じようなケースで、ぼくに少し思い当たるケースがある。
ぼくが松下電器(現Panasonic)をクライアントに仕事をしていることは、さまざまな場面で書いてきた。ゆえに、あの巨大な会社の人事も気になるし、そういったトップの方々がイベント冒頭でしゃべる原稿の草案を作ったりすることもあった。

松下電器は、いい意味でも悪い意味でも松下家の会社である。松下幸之助が創業し、娘婿である松下正治氏が長く影響力を持ち続けた。Panasonicの役員となるメンバーは、その前に松下家と会食をするのが通例との話も、まことしやかに語られていた。

さて、10数年以上も前のコトだが、営業本部長時代から存じ上げていた森下洋一氏が社長に就任。関西学院大学の文科系出身社長で、関西私大の出身としてそれだけでも親近感があるし、営業本部長時代にぼくの書いた草案をベースにしてご挨拶をしてくださったこともある。

その後森下社長は、松下電器の経営の悪化を理由に社長を辞任。ただ辞任の際、当時確か名誉会長だった幸之助創業者の娘婿である松下正治氏や、当時副社長だった正治氏の息子も共に辞任するよう求め、森下元社長は松下家と心中したとも言われた。

結果、次を引き継いだ中村社長は、「破壊と創造」を旗頭に、今まで表立っては手をつけにくかったリストラに着手し、組織や組織名を大幅に変更(例えば「カーエレクトロニクス」と呼称したいかにも松下電器っぽい部門が「オートモーティブシステムズ」に変わった)。資本や人を集中投下し、プラズマテレビ・デジカメ・ノートパソコンなどのヒット商品を生み出してV字回復に成功。そしてついに、現在の大坪社長は、社名から松下の2文字を降ろし、Panasonicとした。

ある意味、ずっと先の民主党を見据え、自分のポジションや夢や主張を志半ばで収める代わりに小沢氏を辞めさせた鳩山首相。親指を立てたくなるほどの達成感もあったのだろう。

このPanasonicの例のように、今後の劇的な回復があれはこそ大成功といえるのだが。

イ・ビョンホンのイベント

韓流スター イ・ビョンホンの埼玉アリーナのイベントで、ステージサイドの花道用に確保された場所が客席として売れていて、2公演で2000人以上のファンが席を失う事件があった。

韓流にも興味はないしヒトゴトではあるが、イベント企画を生業とする身にとっては身につまされる思いだ。というのも、規模は大幅に違うけど、ぼくも同じような経験をしたことがあるからだ。

そのケースは、ショーのモデルに当てるための巨大な扇風機が邪魔になり、ステージの見えない席ができてしまったというもの。その程度でも担当者間では大モメ。怒号が飛び交いモノを投げ合うほどの修羅場だった。制作側は、どうしてそんな席を売ったんだと叫び、興行側はあらかじめ客席の図面を制作には出しているだろうと返す。

この場合、もちろん興行側が100%正しい。制作がきちんと客席の配列を確認せずにステージデザインをしたコトが原因だ。ただ、こういったイベントは演出家・出演者ありきで、制作・演出が常に強い立場。運営事務局や興行側は弱者である。

結果、座席番号を密かに変更することになり、ほぼ全席に近い席番のシールを作り、あらかじめ打ち付けられている座席番号の上にシールを貼るという作業を徹夜でやった。それでも結果的に死角になる席は出たので、その席の前でスタッフが待ち、そこに来たお客様をひとりひとり別の席に誘導するという個別の対応を行った。別の席といってもなかなか現状以上のいい席は難しいが、あらかじめ確保してあったマスコミ用の席や招待者・VIP席等の空きをみながらの調整である。

その日の客席誘導スタッフには、コンサートホールを中心に仕事をしている熟練したツワモノ女性を、特別に集めていた。全く彼女たちのせいではないにもかかわらず、お客様一人一人に頭を下げ、席の移動をお願いしては文句を言われ・・・の繰り返し。今思い出しても本当にこちらの頭が下がる。

果して、イ・ビョンホンのケースはどうだったのだろう。
新聞紙上でしか知りえないが、花道に埋もれてしまった席があることに気づいたのは開演直前だと言う。でもそれはイベント屋としては考えられない。ステージのリハーサルも客入れのリハーサルもやらないはずはない。もし直前まで気づかなかったというなら、それはシゴトとしてひどすぎる。

結果的に席のないお客様は、払い戻しか、4or5階席に移動という対応になったと聞いた。ソレもつらい話。そもそも最高の席が確保できたと思って来場するファンにとって、天と地ほどの差がある。ぼくのケースとは全く桁が違う客席数なので、席のレイアウトを変更するなどは不可能だろうし、振り替えの席も、4階とか5階に作る以外に方法はなかったんだろう(というか、あらかじめ振り替えの席を作っていたという時点で直前に気づいたんではないような気がするが)。

でもなあ、なんとか被害を蒙ったお客様だけでも、少し得して帰るプランはなかったものか。例えばイ・ビョンホンと握手ができる、とか。同業としてなんとなく悔しいよなあ。