生業の記事 (2/4)

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渋谷図書館

決して広いリビングではない、というか、PC1台で事足りる現状なので、半畳もあれば、文章を書いたりする日常は充分だ。ただ、大きく紙を広げ、手書きで作業をしなければならないコトがあり、さてと考える。
カフェみたいな場所を利用するもいいが、ふと、最適な環境が思い浮かんだ。そうだ、図書館だ。

ということで、実に受験勉強以来、数日図書館に通ってみることにした。さて、東京の図書館なんて、なにかの調べもののために国会図書館に行ったぐらいの記憶しかなく、それ以降、検索という強力なツールのおかげで、わざわざ出向く必要はなくなっていた。

知人から、渋谷の図書館がいいらしいよとの情報を得、「検索」して場所を調べて、訪ねてみた。

遠かった。場所の確認をいい加減にした結果もあるが、認識としては、渋谷にある明治通り沿いのスーパー「ライフ」の裏ぐらいかなあと思っていたが、ソコからかなり歩く(しかも坂道)。

キレイらしいよ、との情報だったものの、建物は古い。そして館内はもっと古い。まあそれでも資料を広げることができればと、閲覧コーナーを目指す。

閲覧コーナーは、大きなテーブルがボンボンと置いてあり、その回りをあまり座り心地のよさそうじゃない椅子が囲んでいた。人の入りは3割ぐらいか、そしてその大半が寝ていた。

ひどいな。

と嘆きつつも、個人の目的が実現できればと、一角に陣取って資料を開く。すると、とんでもなことに気づいた。

机の上が暗すぎて、資料が読めないのだ。
上を見上げると、蛍光灯がガッツリ抜いてある。

節電?

図書館の閲覧コーナーとは、本を読むところである。
寝るところではない。でも、この明るさじゃ寝るわな。
なんというか、このバカさかげんには、久しぶりに脱力した。

閲覧コーナーの灯りまで節電して、それを疑問に思わない図書館の存在意義など、まったく見出せない。

さて、即座に電話してその件につき渋谷図書館をすすめた方に質すと、広尾の中央図書館の間違いだったらしい。そのまますぐ渋谷図書館を出て、中央図書館にて目的は達成できた。ゆえ、すべての図書館が暗い、というわけでもないことを付け加えたいけど。







食随筆家

昨年末週刊文春から、「この一年、忘れられない一皿」という特集記事についての依頼があった。昨年オープンした店とそれも含めたトータルとで、それぞれ3軒程度ずつ、飲食店と一皿を挙げてほしいとのこと。計6軒を送った。幸いにも、海外の一軒を除いて全て掲載をいただいたが、その際編集部の方から、「伊藤さんの肩書きはどのようにしましょうか」との問い合わせがあった。ご丁寧に、食ライター、フードジャーナリストなど・・・と、例もあげてくださった。

ぼくの肩書きは、基本的にはイベントプロデューサーである。が、名前は伊藤章良じゃないし、食のイベントを手掛けているわけではないので、何の説得力も持たず、この特集上では意味不明。

いっぽう、一般的に理解されているかどうかは分からなものの、出版の世界では、ライターという職業は、その役割や業界内での立ち位置が確立されていて、別の本業を持ちながら自分自身をライターと名乗るのは、ライターを生業とされている方に失礼だと考えている。また、何度かライターとしての仕事を頼まれ、断りきれずに引き受けたけど、編集長と悉く意見が合わず(声をかけてくださった編集者にも申し訳なく)、こと食に関しては、自分が他人の意向に合わせて文章を作ることに不向きだというのがよく分かった。
しかもライターという表現は、和製英語ゆえ外国人に理解してもらいにくいことも気がかりだ。

ではジャーナリストか、というと、ほとんど取材をせず思ったことを勝手に文章にしているだけなので、恥ずかしくてジャーナリストとは名乗れない。と、このように書くと語弊があるけど、ぼくは単なる食べ手としての立場でレストランや食全体を眺めての想いを書きたい一方通行者。(もちろん分かってしまう場合も多いが)キッチンの舞台裏やバックでの人間相関図などにはあまり興味がないのだ。

さて、困ったなあ・・・。
そこで、文章を書く立場の方の肩書きを調べてみた。文筆業とか記述家とか様々に見つかったが、いずれもピンと来ず、やはり随筆家かなあ、と思うに至った。ただ、やみくもに随筆が書けるわけでも、バックボーンも浅いので、より具体的に(というかフィールドを明確にするべく)食という言葉を頭につけて「食随筆家」としてみた。いまさらカタカナ職業をカッコイイと思う年齢ではなく、漢字の重みに少しだけ安堵した。

あまり深く考える時間も余裕もなく送ってしまったが、フードジャーナリストみたいな長いタイトルではなかったゆえか、限られた文字数のスペースには最適だったのか、たくさん推薦店を掲載していただくことができた。

ちなみに、他で食随筆家を名乗っている方がおられるかなと検索すると、浪速割烹「喜川」の創始者であり、現在はご子息に代を譲られている上野修三氏のみヒットした。

直接お話をさせていただいたことは未だないけど、大阪にスピリットを置く自分にとって和食の心の師匠であり、最も尊敬する料理人の一人でもある上野修三氏の胸を借りようと密かに誓った。

ということで、2012年より、食随筆家 伊藤章良をよろしくお願いします。

スイスで買った時計

5年以上も前になるが、年に4回ジュネーブに行くという過酷な仕事があった。

クライアント側が、むちゃくちゃな会場の予約を勝手にしているのに、運営を全てこちら側に押し付けてくるという矛盾の連続(例えば、キャパが300名のスペースしか予約していないにもかかわらず、そこで400名のパーティをしたい、とかね)。毎日毎日声がかれるほど会場との交渉に明け暮れ、白人の文句もイヤというほど聞いた。

自分では天地がひっくり返るほどのムリをクリアしたと自負するも、後味の悪い終わり方で仕事が次につながることもなかった。よかったのはマイルが貯まったことぐらいか。

その仕事が終わった時、せめてもの自分へのご褒美と思ってジュネーブで腕時計を買った(といっても、パテックフィリップとか、そんな高額なものは買う勇気もなく、単なるクオーツです)。

黒い文字盤のシンプルなスイスらしい時計は、その後ずっとお気に入りで、時計バンドも三回も交換するほどぼくの腕にフィットしていたが、先日その時計の針が突然動かなくなった。

電池交換をしたばかりだというのに、もぅ電池がなくなったのかとヨドバシカメラの交換コーナーに出すと、電池の摩耗ではなく故障している、という。

えっ。そうか、もうあのイベントからそんなに月日がたったのか。
前回の電池交換の際に時計バンドも替えたので、未だ真新しく見えるその時計が12時を少し過ぎたところで止まっている。

もう寿命とあきらめるか、それとも修理して新たな息吹きを投入するか。判断がつかず机の引き出しに入れっぱなしとなっていたものの、苦労した思い出の品だし修理の見積りだけでもしてみるか。と、たまたま仕事場の近所に見つけた時計修理の看板を目指した。

その際、もし修理代が5000円以下なら修理する。それ以上なら諦める。と心に決めた。

いかにも時計修理が一生の仕事と言った風情の初老の男性が、いろいろとその時計を見つつ裏へと引っ込み、しばらくして出てきて一言、「修理代は5000円ですね」。

ぼくは思わず「ええっ」と、少し大きな声を出したら、オジサンはすまなそうな顔をしてぼくを見る。修理代が高いので声を上げたのではなく自分が5000円を基準に決めて店に入ったのに、その金額をそのままズバッと言われたことに驚いたのである。

そして、5000円を基準にしたことに、じわじわと後悔の念が湧きあがる。
なにゆえ5000円なのか。もしかすると、自分の風体から5000円までなら修理に出すよと見透かされたのか。それとも、マーケテイング的にも、5000円を修理代の上限としてマニュアル化されてるんじゃないか等々、さまざまに疑念も浮かび上がる。

でも、どう考えても修理一筋のオトウサンにそこまでの知恵が回るとも思えず、この街でずっと昔から営んでいるような時計屋さんにまで、そんなマニュアルが出回るとも考えにくい。

そして最終的には、素直に「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。

ただ、今でも当初のハードルを4000円に設定していたら、4000円への値切り交渉の末1000円得したのだろうか、とかうつらうつらと考える。

格闘家「魔裟斗」の言葉

先日、仕事の関係で、魔裟斗という、日本人初のK-1 WORLD MAX世界王者にして、2009年12月31日に引退した格闘家のトークショーを見る機会があった。

イベントの企画・運営を生業にしていると、およそ「興行」というものには構成や台本があって、できるだけそれに沿って進行しないと運営が成り立たないのは自明の理である。広い意味での格闘技も、興行である以上、少なからずそういった構成や台本はあるはずだ。唯一ボクシングにはないと言われているが、昨今の亀田兄弟の試合を見ていると、果たしてそうかなあという気もする・・・根拠はありませんが。

ただ、総合格闘技と称される分野(といっても、あまり詳しくありません)では、そういった「台本的」なつまらなさを払拭し、できるだけリアリティのある対戦を企画・構成しているところが、改めて「興行のプロ」の仕業っぽく、ぼくには見えてしまう。

そんな格闘家の中で魔裟斗は、ルックスもよくて華があり、高い人気を誇ることは知っていた。雅人という本名に魔裟斗との漢字を当てるセンスには「?」なのだが、クラスは異なるとしても、佐竹~武蔵と違って「勝つ」ことのできるファイターは魅力的。まだまだ戦える年齢で引退をされてしまって、「興行のプロ」もさぞかし失望しただろう。

過去のKOシーンを大画面映像で織り交ぜての進行で、トークだけではもたないという判断もあったと拝察するが、その魔裟斗氏の、あまりにもオーソドックスで実直な話がすばらしく、外見や経歴とのギャップを感じて、聞き入ってしまった。というか、逆にKOシーンの映像等は不要で、もっと彼の言葉を聞きたいなあと思ったぐらいなのだ。

トークショースタート当初こそ、「自分はいつでもフェラーリに乗れるけど今はベンツに乗っている」と、成功した元格闘家らしい皮切りだったが、進行MCのどうしてチャンピオンになれたと思うかとの質問に対し、日々の地道なトレーニングを「継続」することができたから、と答え、会場からの質問コーナーで、夫婦円満の秘訣は、と問われたことに対し、即座に「浮気をしないこと!」と返した。

「継続」と「浮気をしない」。
月一でしか更新できていないこのブログ上で、いまさら改めて書くことも恥ずかしいけど、それでも、そんな気持ちです。

本を出版しました

もうすでにご存知の方も多いかと思いますが、12月8日 ぼくの本が発売となりました。「東京百年レストラン~大人が幸せになれる店」というタイトルです。

多少仰々しいタイトルになりましたが、ぼくが常に変えないで訴え続けているスタンス、「一軒のレストランが、同じ場所で、どれだけ長い時間営業を続けることができるか」に、基づいて名づけてみました。

そして百年後も、「そのレストランが、その同じ場所で、変わらず営業を続けていればいいなあ」との想いを込めて紹介しています。

昨日は、さとなおさんから大変すばらしい書評をいただいたこともあり、アマゾン本の総合ランキングで100位以内に入ったと聞きました。もちろんさとなおさんの説得力のある文章に惹かれてポチッとクリックしていただけたんだと思います。でも、久しぶりに伊藤章良の書いたものをじっくり読んでみようか、とのお気持ちでご購入いただいた方も多数おられるかと存じます。

本当にありがとうございました。
本当にウレシイです。



さて、本来のグルメ本とは、一軒でも多くの店を、一軒一軒できる限りキャッチーに表現する、というのが鉄則で、あまたの本はそれに準じてきたと思う。ところが、今回ぼくが上梓した「東京百年レストラン」は、百年というタイトルを掲げながら、38店の紹介に絞り、予算や営業時間の表記もなく、地図も入れていない。

また、ぼくの本と同じ時期に書店に並んでいる「BEST of 東京いい店うまい店」が顕著だが、一軒のレストラン紹介に要する文字数は激減。また「ミシュランガイド」に代表されるように、文章表現の中身もチープになり、カタログ化・辞書化していく傾向の中、ぼくの本では、一軒の店の紹介に2500字~3000字を費やしている。おそらく、グルメ本史上、一店の紹介文が最も長い本の部類に入るのではないだろうか、とも予想する。

こんな、果たして結果(売上)に結びつくのだろうかと思い悩み不安になるような企画を了解し、本にしてくださった出版社を「梧桐書院(ごとうしょいん)」という。ぼくもビジネスマンだし、仕事である以上利益を出さなければならないビジネスマインドは持っている。この企画の実現に際しては、まず梧桐書院に最大の御礼を申し上げたい。ありがとうございました。

また、なおざりに刷ってしまうのではなく、超一流の編集者、装丁家とがっちりとタッグを組み、文章の精度を上げるために、二度の校閲を通していただいた。編集者は、ぼくのウェブ癖がついた文体を「本」にふさわしいように徹底的に赤を入れ、実は40軒紹介文を書いた中の2軒を、あえてこの本にふさわしくないとの理由で外す、との英断を下した。装丁家は、ぼくの原稿に目を通し、ぼくがアプローチの素晴らしさを説いているレストランの外観を表紙に選び、まさにぼくの文章を具現化するようにデザインしてくれた。
天現寺にあるフランス料理店「レヴェランス」オーナー亀山和也氏を本で紹介しているが、躊躇せずにぼくは「かめやまかずや」とルビを振ったところ、校閲から「かめやまかずなり」さんではありませんか。とご指摘を受けた。

書く作業、そして校正はそれなりにしんどかったけど、本を著すことの楽しさ、すばらしさ、そして尊さを知ることができた。

ウェブ上でぼくを知ってくださった方に、ぼくの「本」がどのように届くのか。少し不安ではあるけど、徹底的に「本」にこだわった「本」ができたと思う。
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