日常の記事 (2/3)

新・都知事に期待

松沢成文氏が、次期の東京都知事に立候補を表明した。
松沢氏がどんな政治家で神奈川県でどんな業績を残したのか、東京に住むぼくにはほとんど分からないし興味もない。

でも、時々ニュースにもなっているけど、誰もが知っていて様々な賛否を巻き起こした松沢氏の英断に「禁煙条例」があるのはご存知かと思う。えらく楽しみだ。ぼくは実は投票日の4月10日は大阪に出張なのだが、松沢氏が東京にも禁煙条例を発令する、と公約するなら、不在者投票の権利を使っても、がぜん、松沢氏に投票したくなってくる。、

ぼくは極端な嫌煙論者ではないけど、公共施設・飲食店は禁煙にすべきであると考えている。言い方を変えれば、タバコは吸えないようにすべきということ。

タバコの弊害は、健康面とか副流煙とか、さまざまに叫ばれているが、ぼくが思う最大の理由、それは、不平等だからだ。自分たちが支払った税金で運営される施設、そこに、タバコを吸う人たちのためだけに、灰皿を置き、何度も灰皿を片付け、タバコの煙によって汚れた壁を洗い、煤けた空調を掃除する。ひいては専用の部屋まで作ってしまう。その経費か納税者全員に按分されるのはおかしいと思うからだ。

タバコ価格の大半は税金で、その分を支払っているではないか、という意見もあろう。では、酒の税金はどう使われているのだろうか。市役所で長時間待たされているとき、ワインのボトルを持ち込めば、サッとグラスが提供されるのか(笑。

公共施設分はタバコ税でまかなえるとしよう(それでも無駄遣いではあるが)、新幹線はどうだろう。
ますます快適な乗り物になった新型700形。ぼくは東海道新幹線に乗る際、できるだけこの新型車輌を指定する。この車輌は、JR東海として初めて完全禁煙にした画期的なものだけど、何両かの間に喫煙ルームが設けられている。その喫煙ルームを作るための余計な費用はどこから出でいるのだろうか。タバコがいやな人がお金を出し合って喫煙ルームを作っているようなものである。

そして飲食店。最近でこそ少なくなったが、昔は酒を頼んだら、それについて、少量のピーナッツと引き換えにチャージを取られるのが通例だった。ではなせ、灰皿を要求してチャージが取られないのか。酒は飲食店では定価の倍、三倍で売られているが、タバコは定価で販売されているにもかかわらずだ。

飲食店の禁煙化については、本来なら対立候補の渡辺美樹氏がリーダーとなって進めるべきものだったと今でも感じている。福祉や介護の学校等を経営するとの立場を表明しながら、禁煙・分煙に関して相当後ろ向きの意見をお持ちのようで、過去にひどく失望した経緯がある。残念だ。

また、G8の参加国として、先進国の一員だと胸を張るなら、禁煙を推進すべきだろう。全ての国に行って綿密な調査をしたわけではないものの、先進8カ国で、公共施設や飲食店で堂々とタバコが吸えるのは日本だけである。いわゆる世界標準から日本はずっと遅れている。そこに気づかない、言及しないことが不思議なくらいだ。

東京では、エスカレーターで急ぐ人には右側をあけるが、世界中の都市で右側をあけるのは、ぼくの知る限り東京だけである。ただ、東京の人は右側をあけることが世界標準からずれていることに誰も気づかない。何の疑問も感じていない。ことタバコもそれと同様ではないか、と感じる。

よくよく、タバコは嗜好品なのだからとの意見もある。大賛成だ。ゆえ、嗜好品であれば惰性で吸うべきではない。

松沢氏は、ぜひとも東京都禁煙条例を公約にしてほしいし、それで選挙戦を戦ってほしい。そして、潜在的にタバコの煙を嫌っている人たちの票を、きっと集めることができるように思う。

ただし、食事におけるマナーという点では、ぼくの場合、クチャクチャ食べることも、カシャカシャ写真を撮ることも、スパスパ煙草を吸うことも、すぺて同等にマナー違反だし不快である。タバコ以外を条例で禁止できないのは悲しい限りだが(笑。

オーディナリィ2

先日、THOMASというトロント出身のカナダ人と話す機会があって、香港でぼくが体験したオーデナリィ?というフェリーの価格設定について聞いてみた。わざわざカナダ人に聞いたのは、お国柄的に、British英語とAmerican英語の双方を理解するであろうと想像したからである。あまり信憑性はないが、カナダは文字で表記するのはBritishEnglish、会話はAmericanEnglishらしい(アメリカのテレビ番組を普通にカナダで見ていることが大いに影響しているという)。

でもトーマスは、日本語で表記するところの二等客室を、香港ではオーディナリィと呼ぶなんて初めて聞いたという。一等をデラックスというのも、かなりの違和感らしい。ぼくは、シニア料金とお願いして、オーディナリィ? と言われ、普通料金と勘違いした笑い話をすると、「ぼくもそう思うかもしれない」のだそうだ。

トーマス曰く、「香港だから、ぼくら世代は知らない、相当古いBritishEnglishを使っているのだろう。もしくは、船舶専門の言葉でぼくが知らないだけかもね」とのこと。

その話の流れでトーマスは、カナダという国がエリザベス女王を崇拝しながらも、どんどんとアメリカ寄りになっていくいびつな状況をしばらく語っていたんだけど、突然、「日本は天皇のことをなぜ英語でエンペラーと言うのか」と、問うてきた。

ぼくたちはなんの疑問もなくエンペラーという言葉を使ってきたけど、トーマスによると、エンペラーとは、シーザーやナポレオンのように実力で最高の地位を得た人に対する称号。日本の天皇のように、血筋によって脈々と脈々と引き継がれる地位ならば、キングというべきじゃないのかと。

ぼくは適当に、アジアだからじゃないの?と答えると、すぐさま「じゃ、タイはどうなの」と切り替えされた。

実際に調べてみると、かなりいろいろなことが分かるし、解説をしているサイトもいくつかあったが、ここは、トーマスの意見のみに留めておこう。ただし、キングとせずエンペラーにしたのは「誤訳」である、というのは大勢を占める意見だった。

女性の美しさについて

「モンスター」百田尚樹。読了。

子供のころ、その醜い顔ゆえモンスターと呼ばれた女性が、整形し超美人となって故郷に戻るところから始まる物語。と、こう書くとなんだかチープなソープオペラ的展開をイメージしちゃうんだけど、まったくその後が予想もつかない感じなので、手ばなしで推薦!というわけではない。というか、あまりにもさわやか過ぎる青春小説「BOX!」の著者と同じとは思えず、百田尚樹という小説家のこれからが楽しみだ。

この百田尚樹という方は、もともと関西ローカルでの長寿番組「探偵ナイトスクープ」の構成作家だという。「探偵ナイトスクープ」といえは、関西人なら誰しもそのタイトルを聞いただけで頬がほころぶ楽しい番組で、ぼくはテレビのテクノロジーやメディアの力を駆使して可能になる「良心」が、全てのテレビ番組の中で唯一ココにあると考えている。

話を戻すと、この「モンスター」という小説には、主人公女性の美に対する執着心が何度となく描かれていて、「美人」の定義や心理学的アプローチもある。その中で、男性が女性に対し美人かそうではないかの意識が形成されるのは4歳~7歳までの間だそう。なるほど。とはいっても、よく言われるように美人は普遍的ではなく、時代時代で美人とされる顔は変遷すると思う。誤解を恐れず言えば、例えば上戸彩とか蒼井優が30年前にデビューしていたとして、今のような超人気女優となっていたかどうか。

もう一つ例を挙げると、最近、なぜか頻繁にキャンディーズの当時の映像を見ることが多い。キャンディーズはデビュー当初、田中好子が三人のセンターだったが、伊藤蘭に代えてから急に人気が出たと言われている。ところが2010年の今キャンデイーズの画を見ると、一番影が薄かった左の藤村美樹が、もし今の世であれば一番脚光を浴びる顔であるような気がする。イマのファッション、イマの化粧法とも一番なじむ顔立ちなのかもしれないし。

ところで、昨日うちのスタッフが「Perfume」のDVDを買ってしまった・・・と自嘲気味に言うので、けっこう暇だし、社内のデカモニターで見てみるか、ということになった。Perfumeをこんなに長時間「観る」のは初めて。動く彼女達は、PVか紅白ぐらいしか見たことがない。ただ、Perfumeと言えば、元々はキャンデイーズの付き人だった方が、その後アミューズという巨大芸能プロダクションを立ち上げ、再度キャンディーズのようなユニットを作りたいとの肝いりだったと聞く。なんとなく繋がったかな(笑。

どこが始まりでどこが終わりなのかよくわからんPerfumeのコンサートをボンヤリ見ていて、突然「ゴールデンハーフ」を思い出し「Perfumeってゴールデンハーフに似てるよね」と言った(古過ぎてスンマセン)。男性は4歳~7歳の間に女性に対する美を認識すると先に書いたが、ぼくにとって「ゴールデンハーフ」は、ハーフの女性も珍しかった時代に、それこそ最初に完璧なオンナを認識した存在だったかもしれない。

なにも考えずポロッとつぶやいた「ゴールデンハーフ」という言葉に、一緒に見ていた同輩は「確かに、意外とそうかも」と乗ってきた。40年以上を経て、日本女性はすでに当時のハーフと同様の体型や美を手に入れたわけだな。

FOR RENT

街を知るのは歩くことから、と信じて、東京での生活では、今のところ一切クルマのオーナーとならず、徒歩と公共交通機関で過ごしている。歩くためのフットワークをより軽くするため住居も山の手線内を選んだ。一時自転車も乗ったのだが、たいてい飲酒運転になってしまうのと、都心の坂の多さに疲れ果て半ば中断状態である(こちらは復活させるつもり)。

特に日曜は、一つのエリアにテーマを絞って主たる幹線道路(ぼくにとっての幹線道路はレストラン密集地帯)を歩く。昨日のように、気温は低いが穏かな日差しがうれしい午後は、早足で歩くとポカポカと温かくなってくる格好の散歩日和。

昨日歩いてみたのは、恵比寿から明治通りを越えて六本木通りに至る駒沢通り。

この道は、恵比寿側から上ると「Roy's」に始まって「NOBU」で終わる、みたいな印象だったが、親会社の倒産もあっていずれの店も今の場所にはない。とは、すでに数年前のこと。それ以外でも、アパレルの「パパス」がこの通りを重点的に自分たちの多角経営のパイロット通りにしようと画策した時期もあるような気がするし、際コーポのキワモノ中華が餃子バーとともに話題をさらったこともある。都心ながら最寄り駅から取り残された分、道路も広くてクルマも止めやすいし、一時の三宿のような形で発展するのではないか、と予想したこともあった。ターミナルとなりつつある麻布十番と異なり、より隠れ家度が増す、といった具合である。

ところが今回歩いてみて、本当に悲惨な状況なことが分かった。もちろんこの通りで頑張っておられるイタリアン「ベルコラ」や犬のいるフレンチ「エパヌイ」。そして「賛否両論」からの独立組出店等、明るい話題もある。

ところが、どのビルどのビルもほとんどが入口に「FOR RENT」の看板。この界隈のマンションはFORRENTチェーンではないかと、ギャグにされてしまいそうな勢いだ。

昨今の経済不況が最大の要因であろう。でも一つ思うのは、駐車違反と飲酒運転の取り締まり強化、この2点が、結局この界隈から体力を奪っていくボディブローになったのではないか。

徒歩で動くからこそ、ここに徒歩で訪れるには、ここで徒歩にて暮らすには、少ししんどいエリアなんだ、ということを認識する。

リズム

とりあえず毎日更新を目標でやってみているところだが、書く中身、書くタイミング、そして書く時間をいつにするか、などリズムがつかめない。ネタを思いついても書こうとすると忘れたり(ヤバい)、今書こうと思ったことも明日の方がベターかなと考えたり・・・。

とにかく日記というカテゴリにこだわりたく、今日のことを今日は書かないで、極力昨日のことだけを今日書くというリズムを作っていきたいなあ。となると、これといった話題もなくて書けない日もあるので、そんな時はいくつか貯めておいたネタをネタ帳から引っ張り出す作業もしなければ・・・。

今日は貴乃花のことをがタイムリーだし書きたい気分でいっぱいなんだけど、今日のことなので明日にしたいし(ややこしい)。昨日行った素晴らしい焼肉店のことは、とりあえず今の段階ではまだ書かない方がいいようだし・・・。

ただ、昨日行った焼肉店に参加していた方のひとりからこんなお話をうかがった。ぼくが対談で紹介していた店が職場の近くだったのでなんとなく気になって行ってみたら、とても気に入って通いつめ、今やそこの親方と二人でいろいろ他の店にも顔を出す間柄になられたそうだ。

ぼくはつい最近まで、極力お店側の面々と親しくなるのは避けようと心に決めてきたので(レストランを紹介する者としての縛り、というか自分で勝手に思っている挟持のようなものです)、そんな話を聞くと、やっぱとてもウラヤマシイ。