ニッポン食堂遺産

こんな連載、始まりました。
ニッポン食堂遺産

昨年一年間やらせていただいたBSフジの「ニッポン百年食堂」、
そのスピンオフ企画みたいな感じです。
テレビで語れなかった、語ったけど編集時にカットされた(笑)未収録場面とか、
そればかりではなく、旅情感をたっぷり含みつつ、文章で百年食堂を伝えています。

写真は、実際に撮影された映像からキャプチャーしたもので、それはフジと扶桑社の関係で
うまくやっていただきました。
コンパクトにまとめたわりに、中身は濃い連載かなと思ってます。
よろしくお願いいたします。

なお、本家といいますか「ニッポン百年食堂」の再放送が、早くも始まりました。
そんな時間枠があるなら新作をロケさせてほしいなあと思うところですが(笑、
今度は土曜の昼12時~(もちろんBSフジです)。
今までと違って、料理人さんとかもご覧いただけているようで、
銀座の有名な焼鳥店店主からも、観たよーとお声をかけていただきました。
観忘れてた、もう一度観てやろうか、など、土曜の昼にお時間の許す方は、
チャンネルを合わせてみてください。

もし過去に戻れるとしたら

ときどき、もし人生に巻き戻しができたら、みたいなテレビの企画とかあるよね。
それをテーマにした映画も、何本も制作されている。
ぼくは、今までの人生にまったく不満や後悔はない。うまいもの食って、
それがきっかけで本も出せてテレビにも出て(笑、
この上なく楽しい。

でも、もし巻き戻せるとするなら、一時点だけ戻ってみたい瞬間がある。
それは高校一年の冬だ。
ぼくはそのとき、北海道旭川市の進学校に在籍していたが、父親の転勤で徳島に引っ越しすることが決まっていて、その年の四月、徳島の高校に転校した。高校二年から編入という形だ。
すごく荒れた高校で、卒業するまでの二年間、ずっとヤンキーから日々逃げまわってる悲惨な高校生活だった。
今でも、徳島の高校時代の人間とは一人も交流がない。
あの時。父の転勤がなく転校をしていなかったらどうなってたかなあと、それだけは時々考える。
実は、もし転校をしていなかったらミュージシャンを目指していたのではないかと思うからだ。

今、高校の芸術科目をどのように選択するのかよく知らないが、自分たちの時代は、美術や音楽等を
自分の意志で選択することができ、ぼくは音楽を選んでいた。
当時高校一年の音楽の先生は、秋田出身の色白の女性。黒髪のおかっぱ頭(今でいう、廣瀬すず風)で、
高校の先生というのにいつもタイトなミニスカート姿。セクシーというよりは、
ものすごいカッコいい先生で、毎回毎回音楽の授業が楽しみでしょうがなかった。
そして、その先生は、当時全国大会を狙えるレベルの吹奏楽部顧問をしていた。

授業も奇想天外だったが、テストも個性的。
「あなたの音楽表現、なんでもいいよ。みんなの前で発表して」というのだ。
ぼくは考えた挙句、アコギ一本を教室に持ち込み、
レッドツェッペリンの「天国への階段」を歌い演奏した。
AメロBメロは、十分アコースティックギターで対応できるんだけど、
サビに入るところからエレキギターのソロが来て、カッティングもエレキになる。
その辺は適当にアレンジして、最後までアコギ一本で演奏した。

つか、今から思えば、そんなことができたんだなあと感慨深い。

くだんのミニスカート先生、そしてクラスのみんなも、それなりに驚いた。
というか先生は相当驚いていた。
伊藤君って、なにか楽器を習ったり勉強してきたの、と聞く。

いや、幼稚園のころにヤマハの音楽教室に行ってたぐらいです(笑。

あなたには音楽の才能があるわ。
私が指導している吹奏楽部に入って、なにか弦楽器をやってくれない? 
エレキの弦楽器を吹奏楽に導入して、よりモダンでジャズっぽい演奏を作りたいのよ。

記憶はあやふやだが、確かミニスカ先生は、授業中にみんなの前で
それを言ったように覚えている。
ものすごく、ものすごくやりたかった。
特に自分たちで組んでいたバンドではベースを担当していたので、
吹奏楽でベースを弾いてみたかった。

でも、まじめな高校生時の自分は、
実は三月で旭川を去り、徳島に転校するんです。と、
即座に答えた。

そうなの、惜しいわねえ・・・。
徳島に行っても音楽を続けてね。

食べることと同じぐらい好きな音楽。それは今も変わらない。
食べることを介して、いろいろな方々と知り合い、世界中を旅して、
今までも、たぶんこれからも、こんなに楽しいことはない。

でも一瞬、もしあそこで転校せずに吹奏楽部でベースを弾いていたら、
きっとそのまま続けて、音楽の道に進んでいたかもなあと、夢想するのである。

ドア地蔵

満員電車のドア横、戸袋と呼ばれる位置に背中を預けて、ドアと直角に立ち必死にスマホをいぢり続けている人のことをドア地蔵と呼ぶらしい。これはなかなか言いえて妙だ。
車内が満員の場合、乗り降りの際にはドア地蔵が一番邪魔なのだが、その場所をゲットしたことが特権のように、頑なに動こうとせずしがみついている。まさに地蔵とはこのこと。スマホに一心不乱な様子も、なんとなくお地蔵さんの雰囲気である。

ところで、最近大阪に何度か行って大阪でも満員電車を経験した。そこでふと気づいた。東京の満員電車では、すべてのドアに必ず2体ずつ、ドアが4枚なら合計16体のドア地蔵がいるのだが、大阪は必ずしもそうではない。
地蔵化しそうな人物も見受けるが定番とはなっておらず、それぞれの場所や立ち方で満員に堪えている。

なるほど、ドア地蔵は東京固有の現象かもなあ。
ドア地蔵を見ていると、ものすごく孤独感を感じる。
ああ、この人って、友達いないんだろうなあ、とか、
この姿、知人に見られたくないよな、とか。
きっと、選挙には行かないんだろう、とか。
ドアが開いても降りる客にスペースを空けようとせず、
頑なに世間に歯向かっている無駄な行為にも、東京らしさを見る。

そんな人って、早く故郷に帰った方が幸せになれると思うんだけど・・・。
きっとあなたの町には、ドア地蔵はいないよ。


アサヒスーパードライ

とてもくだらない話。ただ、妙に気になることがある。
またまたテレビのネタとなる。

アサヒスーパードライの最近流れてるコマーシャル。
商品は何とかジャパンというプレミアムものだとのこと(調べて分かったが)コマーシャル上では美貌の三女優ばかりが気になり全く商品の特徴や発売の意図は入ってこない、失敗作ではある。

ところが、その三女優、北川景子、柴崎コウ、松雪泰子の順に画面に並ぶし、北川、松雪、柴崎の流れで顔がアップになるのだが、ここでの三人、柴崎がなぜセンターなのだろうか。
視聴者的には、オオッと目を引く当代切っての美人女優揃い踏に感じるものの、この三人、センターは柴崎コウでいいのか。

年齢は芸歴とは比例しないので決定打ではないけど、松雪、柴崎、北川の順に若い。
独身か既婚かとも考えた。既婚は北川だけのようである。
したがって、年齢、独身は何の決め手にもならない。

実は三人とも同じ大手芸能事務所(スターダスト)で、流れ的には、アサヒビール側からスターダストにグロスで発注があり、スターダストは競合に抵触しない三人を起用したのかもな、と感じている。ということは、この順は事務所が決めたのかとの想像できる。であれは、完全に事務所内ではこういう序列、つまり芸歴順なのか。

まあどうでもいい話です。

テスト ワンツー

日曜深夜のテレビ朝日、なんだかすごいマニアックな音楽番組がある。関西弁のジャニーズの人と古田新太が司会を務め、毎回、音楽やコンサート制作の裏側というか、プロフェッショナルな部分に焦点を当て、観たい知りたい聴きたいコアな音楽ファンの好奇心を満たしてくれる。
例えば、どんなにパフュームの踊りがすごいかをダンスや映像の専門家を交えて解説したり、関西弁がなぜソウルフルな音楽に合うかを紐解くために、ウルフルズに、ざたまさしの「関白宣言」を関西弁で歌わせたりといった具合だ。
ひな壇というか、ゲストに単発で呼ばれたタレントが、これって本当に地上波?と疑問を呈するぐらいである。

昨晩、視聴者からの質問に回答しますという特集をやっていて、ステージ上スピーカーの音響調整のときに、なせ「ワン、ツー」「ワン、ツー」というのか、なるものがあった。
ぼくもイベントの仕事をやり始めたころ、ステージの音響調整をするスタッフが、設置されたそれぞれのマイクに向かってテスト・ワンツーワンツーというのが不思議で、速攻質問をした記憶がある。

すると、ワンの「ン」という無声音とツーの「ツ」という破擦音に合わせて、マイクのハウリングなどを調整するため、という明快な回答。昨晩の番組でも、同じ意味のことを解説していた。加えて、「本日は晴天なり」となぜいうのかについては、It's a fine day today.のイッツのツがほしくてこれを言うのだが、日本では単純に和訳されてしまったらしい。

そういえば以前、フランス語圏であるスイスのジュネーブでイベントの仕事をしたとき、現地の音響チームが日本やアメリカと同様にマイクの調整をしていた。なんとなく聞くともなく耳にしていたら、彼らは、「テスト、アン、ドゥ」と言っていたのだった。