食べログアワード

食べログアワードなるイベントがあったらしい。深夜のニュース番組でちらっと放送されているのを観た。
渡部建と寺門ジモンが呼ばれていてテレビのカメラが彼らのインタビューを紹介していた。

六本木の高級ホテルバンケットを使い、タレントを呼び、全国からアワードを受賞した料理人を招待していたようだ。
個人的には興味外のことだし、どこの店がアワードを獲ったかなどはもっと関心がない。
ただ、そんなことに贅を尽くすだけの金が、食べログにあるのか。あるとすれば、それはどこから出ているのかについては少し疑問を呈したくなった。

おそらくそのお金は、アワードなどとは全く無縁の、パーティに招待されることもない数多の飲食店から徴収したものだ。数多の飲食店は自分と同じ立場の、もしくはライバルである可能性も高い他の飲食店が、高級ホテルのパーティで飲み食いし、賞まで授与される、そのお金を自ら払っている、という構図である。

金を払っているのだから自分もそこに呼ばれるように頑張ればよい、というモチベーションもあろう。
でも、食べログという偏った恣意的なアルゴリズムでランクを決めているサイトでは、それはほとんど望めない。

評論家が決めるのではなく、国民投票だから価値がある、みたいなことをテレビのキャスターが言っていた。
国民投票? そんな言葉を安易に使ってもいいものだろうか。というより、国民投票なら、なぜ「松川」が一位になるのか。食べログの誰かに説明してもらいたいものだ。

アンチ箱根駅伝

2018年です。
あるメルマガに、2017年は「忖度」と「インスタ映え」が流行語の筆頭で、
いずれの言葉も、真実を隠して、モノやコトをよく見せたり、ゆがめたりする言葉だと書きました。
2017年は、そんな象徴的な年でしたね。
さて、今年は・・・。

年初、日本にいるほとんどすべての日本人が体験する箱根駅伝。
年を重ねるごとに、過剰なほどのブームとなってきました。
うだうだと酒やおせちを楽しみながら観るには、お笑い以上に、またお笑いは好きではない人々に支持され、
すでに他局は白旗。TBSとテレ朝は再放送番組という体たらくでした。

箱根駅伝は、関東大学駅伝という地方大会。つまり関東のみのローカル放送であるべきとぼくは考えています。
出雲駅伝のような学生駅伝の全国大会ならば素晴らしくて、きっとぼくも心から楽しめるかと。
でも、大阪で関東大学駅伝は観たくありません。
ここがそうだという固有名詞は上げにくいものの、上武大、中央学院大とか言われても、
大学の知名度を上げるために出場枠を確保しているとしか思えないんです。

こんなに小さい国土だからやむを得ないけど、マスコミは東京に集中して、
情報はすべて東京から発信されるのが日本。
自分が長らく住んで、ずっと東京のライバルだと自負していた大阪も、
すでに地方の一都市になりさがったかと、橋下氏の大阪都構想が住民投票で
敗れたときは感じました。
(ただ最近は、大阪らしい独自性を帰省のたびに感じるようになり、
それはまた別に書きます)

地方各所でニュースを見ていても、必ず関東の天気予報が流れる違和感は、
関東以外で長く住まないと分からない現実でしょう。
箱根駅伝って、そういった東京発信の最たるものと、ぼくは天邪鬼にも
感じています。

箱根駅伝を全国の大学選抜の大会にしようと関東以外の大学陸上関係者が
何度も動いたという話も聞きました。でも、関東の大学がその利権を守るために、
反対したとか。議員定数の削減に議員が反対する構図と似ています。
日本人らしいなあと。

もちろん、関東の大学出身であれは、楽しみにするのは当然で、
うちの妻も東京農大出身なので、今年は出場を逃しましたが箱根駅伝の常連。
いつも楽しみにしています。
ただ東京農大ぐらいになると、大学自体に強烈な個性があるので、
わざわざ正月から働かなくてもいいんでしょうけど。

なお、2024年の100回大会から、全国大会にしようという案があるらしい。
でも、関東以外の大学に、果たしてそこで勝てるメンバーがそろっているかどうか疑問ですが。

ツマの料理

押しなべて、自分と同業の皆さんはそーなのだと思うが、浴びせられる最大のクエスチョンとして、
365日毎日外食なんですか。大変ですね。である。
なのに、同じぐらいこんな質問も来る。
ご自身で料理をされるのですか。きっとおいしいだろうなあ・・・。

伊藤の場合、上記はいずれも違う。
独身時代は、ほぼ毎日外食で、外食しないときは自分で作っていた。
ところが結婚後、外食は週4日ぐらい(それでも多いと言われそうだが)、料理は一切作らなくなった。

理由はただ一つ。臆面もなく堂々と言おう。
ぼくの奥さんは、料理が大変上手でとても美味しいからだ。
その結果、外食の回数も減り、自分で作ることはなくなった。
極めて単純である。

拙宅のキッチンには化学調味料が一切ない。冷蔵庫にあるもろもろも、無添加・無化調である。あ、唯一「ぽん酢」ぐらいかな。旭ポンズだけは大阪人のソウル調味料ゆえ、どうしても手放せない。もちろん無化調のぽん酢もあるにはあるが。

立ち食い的なランチを含め外食での無化調は、かなりのレベルまでいかないと期待できない。自分はあくまでその点にはこだわるつもりもなく、無法地帯を認識、いや享受している。
また、自宅での食事が無化調なので、回を重ねるごとにその差が際立ち、無化調とはどういうものかについて、舌が敏感になる。ありがたい、うれしい習慣と経験だ。

かくいうツマは、料理教室はおろか、レシピ本を見ることもほとんどない。唯一参考にしているのは、上沼恵美子がやっている「おしゃべりクッキング」らしい。ただしこれは、関東ではお目にかかれない上沼恵美子のおしゃべりが楽しいからという理由で観ているのだろう。

なにしろぼくのツマは、日本国内はおろか世界中の優れたレストランに行っている。どう考えても、あまたのフードライターや料理研究家よりも、世界の料理に対する経験や体験は豊富だと思う。
それを職業にする気は一切ないので、自分の中で体系づけようとか変な欲張りはなく、感性のみが研ぎ澄まされ鍛えられるに違いない。

ああ、ここまでのろけると気持ちいいな。

ドトール、意外と好きです。

ドトールは、今や誰もが知るコーヒーショップ。優れた経営と、コーヒーだけではなくサンドイッチやホットドッグまで外さない味を誇る貴重なチェーンだと思う。
アメリカへ頻繁に出かけていたのと同じ時期、スターバックスが全米各地に出来始めたことがあった。すでに定着していた日本のドトールを知るぼくは、スタバはこれを規範にしたんだなあと、実は思っていた。

そんな当時から今でも、ドトールというコーヒーショップは気がかりである。
特にここ数年、ホットコーヒーをたしなむ秋冬のシーズンには、ドトールで豆を買い、それを淹れて自分のデスクで楽しむのが日課となっている。

さらに毎回楽しみなのが、ドトールの月替わり(たぶん)の特選コーヒー豆シリーズだ。価格は張るものの、企画の楽しさ、バリエーションの豊富さに惹かれ、あまり意識せずに買ってしまう。もしかしたらかなりの贅沢なのかもしれない。

いつもの通り道、いつものドトールに立ち寄って豆を買うのもすでに4~5年目のシーズンだろうか。そこのドトールスタッフについては、買うたびに違うような気がしてあまり気に留めていなかったが、お店のスタッフにはなんとなく覚えていただいているような気が、最近時々する。

ふらっと豆を物色に立ち寄ると、自分からは何も言わないのに、今、毎月のシリーズは品切れなんです、明日新しいものが入ってきます。とか、ぼくがその中でも欠かさず大量購入する、プレミアムマイルドブレンドは、○日販売スタートですよと教えられたり・・・。
妙に恥ずかしい。

さて、いつものドトールではすでに発売を終了してしまったインドのケララ州の豆が、過去最高ぐらいにステキな香りと味わいを誇り、とても気に入った。もうプレミアムマイルドが売り出されいるが、最近はいつもの通り道から浮気して、ドトールを見つけるたびに、インドケララ州の黄色い袋に入った豆が残っていないかチェックしている。

大相撲に思う。

相撲の業界、角界っていうのかな、大変なことになっている。
国会より、北朝鮮情勢やエジプトのテロより、一横綱の暴行事件が毎日トップニュース。つくづく日本は平和だと思う。

ところで。
相撲は国技で神事とか言われ、それが大前提ゆえ今の大騒ぎが生じる。
でもぼくは、大相撲って興行と位置づけるべきではないかと思うんです。
プロレスやプロボクシング、各種格闘技同様。
チャンピオンになれば、当然その上はなくて横綱と同じ条件。格闘家の暴力は凶器と見なされ処分も罪も大変に重い。普通の人より何倍も力があってさらに何倍も鍛えている人間が暴力をふるったら即刻罰せられ、資格が取り上げられて当然。何か意味が分からず揉めている国技より、興行の世界の方がよほど潔い。

外国人力士は、稼ぐために日本に来ているのだ。そんな面々に品格とか神事とか騒いでも、何言ってんだと心の中では思ってるに違いない。
実際、英語では力士のことをレスラーと言い、横綱はもちろんチャンピオンである。国技・神事と真剣に議論する日本人の姿は海外から見るとまさにガラパゴスなのかなと。

それよりも、いつもマイクを向けられて驚くのが、外国人力士の日本語力。2000年に来日して17年、「膿を出して」などと使えるものかなあと感心する。そこを解析すれば、新しい語学教育のヒントが見つかるかもしれない。