人生50歳から

ぼくは、50歳で初めて本を出版し、その後も定期的に上梓することができた。
そして50台半ばでテレビに主演して、1年間全国各地の食堂を60軒取材した。
すべて先方からのオファーで、自分が仕掛けたわけでもない。

何かコツコツと続けていたら、どこかで花開くことがある。
それが信じられる、実際に存在する、他人にも伝えられる体験を重ねた。

まさに人生50歳から、である。

そして、来るべきチャンスに備え、もちろんさらなる経験を積み情報を整理して、
頭を冴えさせておくことも大切だが、
これからは健康維持が第一。
いざというときの体力が勝負かなと、切実に思う。

森のくまさん

森のくまさんの歌詞を改ざんしてCD化したお笑い芸人が話題になっている。
著作権の是非や内容は、それはどうでもいいが、無名の芸人を一躍世に知らしめたということでは、マスコミの業績は大きい。。
でも、「森のくまさん」、子供のころから変な歌詞だなあと思っていた。
そこに歌詞を付け加えたいとか、あのテンポのいいリズムの楽曲をもっと輝かせたいとか、思う人がいても当然だろう。

あるひ もりのなか、くまさんに出会った
花咲くもりのみち、くまさんに出会った

短い曲の中、歌詞による情報に沿って歌の情景を想像することはとても重要だと思うのだが、この導入の2フレーズ、
ほとんど意味は同じである。しかも森、出会いと、同じ言葉が繰り返される。
この訳詞で、ダメ出しはなかったのだろうか。訳詞家が声高に著作権を訴えるが、出来上がった時点で、曲にまつわるだれかが、もう少し考えようよと言わなかったのか・・・。不思議である。

例えば、
ある日 森の中 くまさんに 出会った
花咲く朝の道 それは突然だった

これがいいのかどうかは別として、このように歌い出せば、その後くまさんが、早くお逃げなさいと言った意味にも多少はつながるというものだ。

こちこちかっちん おとけいさん
「おとけいさん」って何だろう。日本語の言葉が当てはまらないからといって、時計に「お」と「さん」を付けるという荒唐無稽さ。

線路は続くよどこまでも、という旅のうた。歌詞自体は、とても元気が出て意気揚々とリズムにも乗れるスバラシイ訳詞である。後半はラララと手抜きをしているが(笑。
ところで最近流れるパナソニックのコマーシャルのバックで、この歌の元歌、英語で歌われる「線路は続くよ」が使われているのをご存じだろうか。介護など、パナソニックのヘルスケア部門の企業広告で、この歌の元気で前向きなメロディが採用のポイントとなったかと思う。

ただね。
さすがまるドメ(まるでドメスティック)と揶揄されるパナソニックだけあって、日本人はすべて、英語の歌詞が理解しないだろうと信じているに違いない。

そのリアルな歌詞は、
ぼくは一日中ずーっと線路の上で働いている・・・と始まる、まさに、身につまされるブルーカラーの労働歌。
介護の世界とは対極に位置する。

サザンオールスターズという存在

ご縁があって、サザンオールスターズの東京ドームコンサートに行ってきた。
コンサート自体、思いっきり楽しめたけど、それ以上に、コンサートの予習として聴き込んだ、ツアーにも銘打たれている「葡萄」というニューアルバムが大変すばらしいものだった。

それは、桑田佳祐という人が放つ同時代性である。
誤解を恐れず言えば、「葡萄」というアルバムで歌われる内容は、
ほぼ「酔っ払う」「抱き合う」「平和を願う」の三点。
この三点が「2014年の50代後半のオトコ目線」という、限りなく狭い意識と視点で描かれているのだ。自分は桑田佳祐より少し若いが、それでもまさに、その狭い領域にストンと入る。それはもう、共感しまくりである。

ただ、それにもかかわらず会場は大半が女性。そして年齢もバラバラ。サザンファン歴20年ですぅといった、アラフォ―がコアのようにも見える。

ピンク映画 歌舞伎町とハシゴして とか、
この時代こそ「未来」と呼ぶのだろう 

みたいな表現が響く世代ではないと思う。
でもコンサートでは、彼女たちも情熱的に絶え間なくエールを送り続けている。
女性は50代後半のオトコと違い、音楽を点ではなく面や立体でとらえることができるのだろう。

話は変わるが、ぼくが生涯で初めて購入したCDは(LPではなく)、サザンオールスターズの「kamakura」である。1985年のことだ。
海を想起させる湘南バンドと位置付けられていた彼らが、当時のミュージックシーンを席巻していた電子楽器を駆使したファンクサウンドに挑戦した、という触れ込みで、自分が初めて鳴らすCDに選ぶにふさわしいと思ったからだ。

「葡萄」を何度も聴いているうち、そんなことを突然思い出し、拙宅に残っていないか探すももはや見つからない。Amazonで調べると2008年にリマスター盤が出ていることが分かり、瞬間「kamakura」を購入していた。
レコードに針を落とした瞬間のボッという音、そしてイントロが始まるまでにジリジリと鳴るノイズがなく突然始まるドラムに30年前嬉々としたことを思い出しながら。
そして、レッドツェッペリンやディープパープルのアルバムを改めてCDで買いなおしたときのような、そんな感覚で楽しんでいる。

愛情の程度まで デジタルのカウントで計られる
単調な画面には 呼びかけた表示が舞い踊る

そう、彼は1985年も、まさにその同時代を唄っていたのだった。

ポール・マッカートニーとかミック・ジャガーとか。桑田佳祐よりもはるかに年上の海外のアーチストが、今でも日本にやってきて、日本の市場で巨額の富を得ている。彼らのパワーには頭が下がるが、言うなれば「昔の名前で出ています」状態であり、イマを同時代の言葉で歌うというわけではない。

そんな意味で、世に登場して40年弱。デビューから昨年の「葡萄」まで、桑田佳祐は、サザンオールスターズは、常に時代と向き合い同時代を歌ってきた、世界にも類を見ないミュージシャンということになる。ある意味、日本の誇りであり日本の宝なのかもしれない。そして、10年後、20年後にまで期待を寄せることができる、唯一のアーチストでもある。

投票率

衆院選の投票率が、戦後最低だそうだ。
ここで政治のことを書くつもりはまったくないし、もとより興味もない。
ただ少し選挙のことを取り上げてみようかなと思った。

実はぼくは北海道旭川市の小学校を卒業している。
なぜ大阪弁のオッサンが北海道なのかは説明が長くなるので割愛するとして、何年か前、仕事で旭川に行くことがあり、少し街中からは遠いものの母校を訪ねてみることにした(タクシーに乗って目的地を告げたら、えらい遠くてちょっとビビった 笑)。
小学校は未だ、卒業当時の面影を残していて急速に懐かしくなり、思わず中に入ろうとしたら、数名の大人に止められ「どちら様ですか」と強い口調で言われた。ああ、小学校の構内には簡単に入れないのだなあ。自分はここの卒業生ですといっても証明できるものはなにもないし、す、すみません・・・とフェイドアウトしつつ、ぐるりと学校の回りを一周して退散した。

こういう書き方は不謹慎かもしれないけど、例えばぼくの地区の投票所は、関係者ではない大人が数十年ぶりに堂々と小学校に入れる機会、それが選挙なのである。ゆえ、投票行動かそれ以上に、イマの小学校がどのようになっているかにワクワクする。ましてぼくの投票所は、ドラマのロケにも使われそうなしゃれたカワイイ学校なのだ。

そんな学校の体育館に設けられた投票所へと有権者はひっきりなしに入ってくる。すぐに得意分野のレストランに関連付けてしまうが、ほぼ満席状態で、ちょっとタイミングを逸すると行列ができる寸前といった具合だ。
ん?、投票率は戦後最低で有権者の約半分である。約半分の人が来て満席なのか。そういえば、ぼくだけではなくfacebook上でも何名かの方が投票所は混んでいたと書いていたなあ。

もし投票率が80%とかになったら、おそらく大混乱となるのではないだろうか。そして言い換えると、選挙を実施する側も、投票率ってこんなもんだろうとの推定で投票所を設けているんだなと、そんな裏も感じてしまった投票日だった。

LINE、乗っ取られそうになりました。

ぼくのLINEのアカウントが何者かに乗っ取られそうになった。
すぐにアカウントを削除して、それ以降のメッセージは先方には届いていないようで一安心だが、不信なLINEのメッセージを受け取った皆さま、本当に申し訳ありませんでした。少なくとも、伊藤からは確実にもう届かないと思います。

最初に、「手伝ってくれる?」みたいなメッセが届くそうで、いかにも仕事の連絡っぽくて、本気にしてくださった方々も多かったようだ。ただ次に来たメッセージが、コンビニで商品を購入してくれとの内容で、すぐにおかしいと気づき、電話やメール、その他、さまざまに連絡をいただいた。
ご連絡をいただいた皆さま、重ねて御礼申し上げます。

そもそも伊藤がLINEをしている、ということ自体、似合わねーと言われ、正にその通り。アカウントを削除してもまったく個人のコミュニケーションに支障はないのだが、友人に言われるまま登録し、ほぼ放置の状態だった。それと、もしかしたら本業のイベント運営上で、例えば一斉に多数のスタッフにキューを出したり、メッセージを送ったりする際、トランシーバーより正確で有効なコミュニケーション手段として使えるのではないかと考えた部分もある

いったんアカウントを作ると、自分の携帯に番号登録をしていて、なおかつ相手がLINEのアカウントを持っているメンバーには、ガードしていない限り自動的に友達登録がされるようで、ぼく自身もあまり意識しないうちに、LINE上の友達関係ができてしまい、日常facebookやメールで連絡をとっていない友人・知人とも繋がっていた。

それにしても、今回の乗っ取り騒ぎで、少し不思議な、そしてウレシイ体験をした。
10年以上まったく連絡を取っていなかった友人、すっかりご無沙汰してしまった仕事仲間、以前は濃密だったのに現在少し疎遠なクライアント担当者等々。また、頻繁にメッセージのやり取りをするほど親しくはない間柄でも、ご自身がこういった障害に長けているとの自覚から、長文のメッセージや参考になるサイトのURLを送ってくださった方もいた。

もちろん日頃から親しくしている友人・仲間も含め、たくさんの皆様から乗っ取りを案ずる連絡をいただいた。また、こういった事件があったことに触れて、facebook等で情報を拡散し注意を喚起する行動をとってくださった。

確かに、乗っ取られたことは、自分だけではなく相手の皆さんも含め不安だし不愉快。
また、ほとんど使っていなかったとはいえLINEの有用性は、今後も考えないでもない。でも、乗っ取りを機会に享受した感謝の数々、そして再びスタートしたコミュニケーション。乗っ取られた憤り以上に、新しい発見や感動があった。